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ホームベーカリー

  • 執筆者の写真: Yukihiro Nakamura
    Yukihiro Nakamura
  • 7月13日
  • 読了時間: 12分

2026/7/5


 蕎麦を打つとか、パンを焼くとかいうことは、いつでも出来そうでいて、案外その機会が訪れないものだ。道具の有無もさることながら、何より、よしやろうという気魄が腹の底から湧き上がってこなくては、事は始まらない。一昨年の四月に、ようやくその両者が私の中で握手をしたらしく、まずは蕎麦を打ってみた。これは思いのほか上手に仕上がって、私はすっかり気を良くした。その勢いを駆って、五月にはシナモンロールに挑んだ。しかし、今度はどうも形がよくない。どうやら発酵が、私の思うようにいかなかったらしい。それからパンの膨らむ仕組みについて少し調べ、今度は食パンを焼いてみたのだが、焼き上がったものは、およそ食パンとは呼び難い、妙な代物であった。どうも我が家の古ぼけたオーブンは、気難しくて発酵という作業を嫌うらしい。私は、あの香ばしい焼きたてを口にすることを、一度は諦めることにした。


 しかし、二ヶ月ほど経つと、またぞろ未練が頭をもたげてくる。発酵が駄目なら、イーストを使わない菓子ならどうだろう。そう思い立って七月に林檎のタルトを試みたが、これもあまり感心しない出来映えで、しばらく私は沈黙せざるを得なかった。ようやく八月になって、試しに蒸しパンを作ってみると、これは機嫌よく膨らんでくれた。すっかり調子に乗って、次はシフォンケーキに取りかかった。ところが、今度はメレンゲというやつがどうにも頼りない。私はすぐさま電気仕掛けのハンドミキサーを調達して、フォンケーキを焼き上げた。それからは、蒸しパンとシフォンケーキを幾度となく繰り返す日々が続いたが、私の胸の片隅には、あの、ふっくらと発酵させたパンへの想いが、燻ぶる煙のようにいつまでも残っていた。


 あれから二年、パンのことなど綺麗に忘れていたある日のこと、ふと広告が目に留まった。ホームベーカリーの宣伝であった。むろん、以前も考えないではなかった。しかし、世間に出回っているものはどれも一斤だの二斤だのと大層な大きさで、台所の隅に置くにはいささか野暮ったく思われたのである。ところが、広告の新型は、わずか〇・六斤という、まことに小振りのサイズであった。姿かたちも、すっきりとスマートで美しい。自分の手で焼くのが叶わないのなら、いっそ機械の力を借りるのも悪くない。何より、私はあの焼きたての温かいパンを、一度でいいから食べてみたかった。母も、たいそうパンが好きである。これならきっと、喜んでくれるに違いないと思った。



 初めてのホームベーカリーパナソニック SD-CB1(0.6斤)



初日


クイックパン

所要時間1時間50分

メニューNo3

材料

  1. ドライイースト 2g

  2. 強力粉 140g

  3. バター 15g

  4. 砂糖 8g

  5. 塩 2g

  6. スキムミルク 4g

  7. 冷水(5度) 100g


 パンを焼く匂いがたまらなくいい。我が家でパンを焼いたりコーヒーを入れる香りが広がるのがこんなに心地よいとは思わなかった。幸せで夢見心地になる。母は想像していたのと違って、美味しいと喜んでくれた。数十年前知り合いの奥さんが自分で焼いたパンをくれたことがあった。焼いた本人はよほど嬉しかった様だが、パンはパサパサで美味しくなかったらしい。父は半分残してしまった。その時の記憶で、期待していなかった。というか、またあんなパンだったら嫌だな。という気持ちすらあったようだ。それが、予想に反した美味しさだったということで。焼きたてのパンの美味しさを初めて知ったと大喜びしてくれた。



二日目


デイリーパン

所要時間3時間

メニューNo1

材料

  1. ドライイースト 1g

  2. 強力粉 140g

  3. バター 10g

  4. 砂糖 8g

  5. 塩 2g

  6. スキムミルク 4g

  7. 冷水(5度) 100g


購入した材料で小分けされているものが

  1. ドライイースト 3g

  2. スキムミルク 6g

となっておりドライイーストは半分のつもりが2.5g入ってしまった。スキムミルクは全量入れてしまった。またバターも切りそこね30g入れてしまった。いずれも微量で済むものなので多く入れた場合どうなるのだろうまた微量を残すのも勿体無い。




分量違いによる影響


ドライイースト 1gの予定が2.5g

 イーストはパンを膨らませる生き物である。予定の2.5倍が入ったため、発酵のスピードが非常に早くなる。今回は3時間のコースなので、今の7月の室温も手伝って、通常よりも過剰に発酵が進む可能性がある。焼き上がりの頭がポコッと大きく膨らむか、逆に膨らみすぎて途中で萎んでしまい、少しイースト特有のツンとした香りが残るかもしれない。


スキムミルク 4gの予定が6g

 これは全く問題なし。むしろミルクの風味とコクが増し、焼き色が綺麗にしっかりつく。また、ミルクの成分には生地を柔らかくする効果があるため、ふんわりとした食感になる。


バター 10gの予定が30g

 予定の3倍量になった。これが一番大きな変化を生む。バターは生地のグルテンの伸びを良くし、非常にしっとりとした、リッチな風味に仕上げてくれる。市販の「高級デニッシュ食パン」や「ブリオッシュ」に近づくイメージ。ただし、油脂が多すぎるとイーストの働きを少し抑えてしまう性質もあるため、上記の「イースト多すぎ」による爆発的な発酵を、このバターが適度にブレーキをかけて相殺してくれる、という面白い化学反応が起きたかもしれない。



三日目


リッチパン

所要時間1時間55分

メニューNo5

材料

  1. ドライイースト 2g

  2. 強力粉 140g

  3. バター 10g

  4. 砂糖 16g

  5. 塩 2g

  6. 生クリーム 30g

  7. 無糖珈琲(5度) 80g


 前回3時間だったため今回も3時間かかると思って早めに準備したら1時間55分で焼き上がるメニューだった。準備前にちゃんと見るべきだった。ちょうど良いのでタイマーをかけようと思ったのだが、このメニューはタイマー設定ができないことが分かった。焼き上がる時間からあと1時間後にスタートしたい。手動でスタートすれば良いわけだが、5度に冷やした無糖珈琲が常温で温まってしまう。どのくらい影響があるだろう。



 1時間55分コースは、3時間のコースに比べて発酵にかける時間が非常に短く設定されているため、機械はこねる工程の摩擦熱やヒーターを使って、短時間で一気にイーストを活性化させようとする。もし、スタート時点で水分がすでに常温まで温まっていると、以下のような問題が起こりやすくなる。


  1. 過発酵とカサ高の低下:こねている最中からイーストが爆発的に働き始めてしまい、発酵が進みすぎて生地のグルテンがダレ、焼き上がりが十分に膨らまなかったり、目が粗くパサついた食感になったりすることがある。

  2. 生クリームの分離:今回のレシピには生クリームが含まれている。生地の温度が上がりすぎると、こねている最中に生クリームの脂肪分が溶け出して分離し、生地がベタついて綺麗にまとまらなくなる原因になる。


 特に今の7月という季節は、室温も水温も高くなりやすいため、事前の「5度」という指定はかなり厳密に守る必要がある。


対策


  1. 1時間待ってからスタートしたい場合:パンケースごと冷蔵庫に入れて待つ。

  2. 今すぐスタートして、焼き上がり後に保存する:早く焼き上がってしまった分は、冷ましてからスライスし、1枚ずつラップに包んで冷凍庫に入れておけば、翌日以降もトースターで焼くだけで、いつでも焼き立ての美味しさが戻る。



四日目


デイリーパンカレイ風味

所要時間3時間

メニューNo1

材料

  1. ドライイースト 1g

  2. 強力粉 140g

  3. カレー粉 3g

  4. バター 15g

  5. 砂糖 8g

  6. 塩 2g

  7. 水(5度) 100g


 我が家の秤は1gが測れない事がわかった。ドライイーストを少しずつ載せるのだが0.0gのまま表示が変わらない。そこでさらに加えると突然2.0gが表示される。ということで今日もドライイーストが倍になってしまった。その他の材料はレシピ通り。時間も確認して8時半に材料を調合してスタート。11時半に焼き上がるはずだ。昨日も母は喜んでくれた。0.6斤のパンは二人で食べると少し物足りない気がする。でもしばらくすると、しっかりお腹に応えて、十分だったと思う。今日は母のリクエストでカレー風味のパンを焼くことにした。ドライイーストの分量が倍だが、どんなふうに焼き上がるだろう。



 家庭用の1g単位の秤は、実は「1g未満の極めて微量な変化」を感知するのが苦手という特性がある。0gのまま反応せず、ある程度の重さがまとまって載った瞬間に、内部のセンサーが追いついて「2g」と弾むように表示されてしまう。特に1gや2gといった微量を測る際は、この現象がよく起こる。


 今回、規定量1gのところが2gになった。2日目の「3gの小分けから2.5g入ってしまった時」に比べると、今回は全体の小麦粉140gに対して「2g」なので、そこまで極端な過発酵にはなりにくい。


 実は、カレー粉に含まれるさまざまなスパイスの中には、イーストの活動を少し緩やかにする作用を持つものがある。 そのため、通常なら「イースト2倍で膨らみすぎる」ところを、カレー粉のスパイスが適度にブレーキをかけてくれる可能性がある。



 カレー風味のパンは美味しかった。焼いている時も、食べた時も、思ったほどカレーの香りや味はしない。しかし、程よくカレーの風味が効いておりこれでいいと思う。また、塩は今まで同様の量だが、今まででいちばん塩味が感じられたのは、カレー粉の影響だろう。



五日目


高加水パンのアールグレイパン

所要時間2時間20分

メニューNo2

材料

  1. ドライイースト 2g

  2. 強力粉 130g

  3. バター 10g

  4. 塩 2g

  5. スキムミルク 4g 

  6. 湯だね+無糖紅茶(5度) 140g

    1. 強力粉 10g

    2. 砂糖 12g

    3. 水 30 g


 5回目にしてようやく材料を指示通りに調合できた。高加水パンとは、粉の総重量に対して70〜80%以上という非常に多くの水分を含ませて焼いたパンのことらしい。今回のレシピは水分が51%ということで、非常に多いという分量ではない。ただ焼き上がりは、今まで焼いた4種類に比べ、外皮はパリッと香ばしく、中はしっとり・もっちりとした独特の食感に仕上がった。紅茶の香はほとんど感じない。母が「まだあると思ったら、もう無かった。」と恨めしそうに言うぐらい美味しいパンになった。




六日目


米粉パン

所要時間1時間40分

メニューNo10

材料

  1. 砂糖 8g

  2. 塩 2g

  3. ショートニング 15g

  4. 水 150g

  5. 米粉 150g

  6. 白胡麻 5g

  7. ドライイースト 2g


 失敗した。ペコんと凹んで、外はカリカリで、中はモチモチだけど、もちもちすぎ。母は「美味しい」と言ってくれたが、やっぱり失敗だった。



失敗の原因


1. パナソニックの指定する「ミックス粉」の違い

 レシピにある2つのミックス粉は、全くの別物であった。

  • こめの香(グルテン配合): 米粉をパンとして膨らませるために、あらかじめ小麦グルテンや酵素などをベストなバランスで配合したパン専用の粉。今回のメニューNo.10は、本来この「グルテン配合」の粉を使うことを前提として時間や羽根の動きがプログラムされている。

  • こめの香(グルテンフリー): 小麦アレルギーの方などのために、グルテンを一切使わず、代わりに増粘剤(でんぷん等)で膨らみを支えるように作られた粉。これを使う場合は、別の専用メニュー(小麦なし米粉パンコース)で焼く必要がある。


2. 今回のブレンド(米粉130g+強力粉20g)で起きたこと

 「グルテン配合の米粉がないなら、米粉に強力粉を混ぜればいいのでは」という発想は、非常に理にかなっているように思える。しかし、パン作りの科学としては、以下の「落とし穴」があった。


グルテンの圧倒的不足

 米粉には、パンを膨らませた空気(ガス)を風船のように閉じ込める「グルテン」が一切含まれていない。 パナソニックの「グルテン配合ミックス粉」には、およそ15%〜20%近くの純粋な小麦グルテンが添加されている。 一方、今回混ぜた強力粉20gの中に含まれるグルテン(タンパク質)は、わずか2.5g程度しかない。これでは全体のガスを支える骨組みとしては圧倒的に足りなかった。


水分量が多すぎた(過加水)

 米粉は小麦粉に比べて、水分を吸う力が弱い。 レシピの「水150g」という量は、あくまで「パン用ミックス粉」が吸うことを前提に計算されている。グルテンがほとんどない状態の米粉130gに対して水150gは多すぎたため、生地がドロドロのスープのようになってしまい、イーストが頑張って出したガスを保持できずに上部がペコんと陥没(凹み)し、中が「餅(ういろう)」のようになってしまった。


次回へのアドバイス

 もし、メーカー指定のミックス粉を使わずに、手持ちの「市販の米粉(100%)」を使ってリベンジしたい場合は、以下の方法が有効。

  • 「米粉入り小麦パン」として焼く(失敗なし) 今回のメニューNo.10(米粉パン)ではなく、2日目・4日目に使った「メニューNo.1(デイリーパン)」を使う。 分量は【強力粉110g + 米粉30g = 計140g】のように、小麦粉をベースにして米粉を2割〜3割ほど混ぜる形にする。これなら小麦のグルテンがしっかり機能するため、米粉特有の「もっちり感」を活かした美味しい食パンが綺麗に焼き上がる。


 米粉パンはホームベーカリーのメニューの中でも特にデリケートで、粉の銘柄ひとつでガラリと仕上がりが変わる「じゃじゃ馬」なメニューだった。今回の失敗もまた、米粉という素材の性質を知るための素晴らしい実験データとなった。



追記


 焼きたてのパンというものがこれほど美味しいというのは、やってみなければわからない。コーヒーもそうだった。美味しさの秘訣は豆が新鮮であること、焙煎したて、挽きたてこそ美味しい。それもやってみて初めてわかったことだった。ところがフルーツは少し違う。熟し加減が美味しさを左右する。でも、ジュースにすると、ある程度熟していれば美味しい。これは、硬いフルーツを母が食べられなくなったおかげで、ジュースにした結果分かったことだ。


 我が家は、ついに美味しいコーヒーと美味しいパン、美味しいフルーツを手に入れた。リッチパン用の生クリームを使い切るため、焙煎したてのペルー産コーヒーを、生クリームとミルクでオーレにした。牛乳だけのオーレよりもグッとコクが出た。さらにデラウエアを絞ってジュースを作った。パンもコーヒーもフルーツもとびっきりの一品で作った昼食だ。


 昼食をとりながら見た、今日の映画は奇しくも「グランメゾン・パリ」。終盤に続々と登場するフルコースは圧巻で、食べている気分。我が家の昼食とは比べ物にならない豪華な料理だが、それでも、我が家の昼食も、映画の一品に劣らないような気がした。


 天窓のおかげで、リビングにお日様の光が降り注ぐ。今日の様に良い天気の日は、まるで屋外にいる様な開放感がある。でも映画を見たり長居をするには、エアコンをかけて空気は冷やすことができても、座っている母には少し暑い。そこで、マイクスタンドに傘を取り付け、母の上にかざした。するとちょうど良い塩梅になる。戸外で貴婦人に日傘を差し掛けているようだ。


 映画を見るためにブラインドをおろした部屋で、天窓からの陽光を受けながら、かざした傘の日陰で、母は、美味しそうに、パンを頬張り、両手で持ったカップからコーヒーを飲む。最後に冷えたグラスのブドウジュースに舌鼓を打ち「美味しいね」と微笑む。その姿が僕には宝物に思えた。

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