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執筆者の写真Yukihiro Nakamura

珈琲ハンター

更新日:2020年2月15日


 NHKのザ・ヒューマン「コーヒーで世界を変える 川島良彰」を見た。

 川島氏は静岡市葵区の珈琲焙煎卸業の家に生まれ、小学6年生の時にブラジル大使館に珈琲農園で働きたいと手紙を書き。高校卒業後エルサルバドル国立珈琲研究所に入所。珈琲栽培の研究をしている。その後UCC上島珈琲直営農園のジャマイカでブルーマウンテン、ハワイでコナ、インドネシアではマンデリン珈琲農園の開発、管理と何ともすごい経歴だ。


 珈琲ハンターとして世界各地を飛び回り、マダガスカルで絶滅危惧種マスカロコフィア種を発見・保全、レユニオン島で絶滅種ブルボン・ポワントゥを発見し復活させるなど、世界を驚かせた。2008年独立し、現地珈琲農園の人と共に至宝の珈琲を目指しているという。


 番組は、かつて珈琲王国だったが、サビ病に侵され珈琲産業が衰退してしまったキューバで、ハイチ革命で逃れたフランス人が持ち込んだ「失われた宝」と言われるティピカ種を探して、キューバの珈琲産業の復活を支援しようとする姿が報じられた。


 おうちカフェで味わった珈琲豆の中ではアンデスマウンテンコロンビアトラジャブルーマウンテンペルーメキシコレテフォホカスカラがティピカ種。グアテマラトラジャブルンジメキシコがブルボン種だった。こうして多くの地域で栽培されているから、ティピカ種というのはメジャーな種だろうという思い込みがあり、キューバで幻のティピカ種を探すということの困難さが想像できなかった。


 川島氏は奥地に生き残っているかもしれない原木を探して復活させようとキューバ政府に提案する。さび病の蔓延でティピカ種は絶滅したと思っている政府担当者は笑って取り合わない、何とか許可を取り付けて奥地を探しに行く川島氏、ティピカ種を栽培しているという農家を見つけて調べに行くが、ティピカ種ではなかった。現地の農家が種を知らずに栽培し出荷している現実を知った。


 奥へ奥へと現地の人を頼りにジャングルへ分け入り、ついにティピカ種の原木を発見する。種を取り、苗を育て珈琲が取れるまで、まだ数年が必要だ。川島氏は次に、農業指導のためにルワンダに向かう。

 

追記


 ブルボン種とティピカ種のことは、珈琲の栽培地拡大の歴史を調べた時に、ティピカ種のルートとブルボン種のルートがあることを知った。どちらもアラビカ種で、珈琲が世界中で栽培されるようになった源流の種だ。

 ティピカ種はオランダのアムステルダムで栽培されたものがフランスに送られ、フランス人がマルティーニ島へ運び、中南米に広まっている。

 レユニオン島はかつてブルボン島と呼ばれ、フランス人がブルボン島に持ち込んだアラビカ種が突然変異を起こしものがブルボン種だ。

 マダガスカルの絶滅危惧種マスカロコフィア種という種は初めて聞いた種だ。検索しても情報が見つからない。


 何種類かの生豆をばらけさせてしまったら、どれがどれか全くわからなくなってしまう。珈琲豆屋さんではたくさん扱っているけど、溢れた豆はどうしているのだろう。ちゃんと選別できるのだろうか。それとも袋から出てしまうと分からなくなってしまって放置されるのだろうか。とにかく小さな豆たちが、世界中から集められ、小袋に入れられ販売されているが、途中でわからなくなることだってあるのではないかと思っている。でも川島氏は、生豆を手にこれはアラビカ、これはロブスタと識別していた。識別できる人もいるのだ。

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