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執筆者の写真Yukihiro Nakamura

珈琲が呼ぶ

更新日:2020年2月15日


 片岡義男の「珈琲が呼ぶ」を読む。

 80歳になる片岡義男氏の創作活動は未だ衰えていない。若き頃読んだクールな語り口で珈琲を語ってくれるのを楽しみに、本書を紐解く。


 「一杯のコーヒーが百円になるまで」で「およそ考えられること全てを考えて百円になったコンビニの淹れたてコーヒーと、従業員の誰もが何一つ考えていないコーヒーとのあいだに、千円を超える格差のある珈琲が、東京には存在している」と語り始める。ホテルのラウンジで飲む珈琲は、しばらく時を過ごすための切符のようなもので、おおかた煮詰まっていた。コンビニの珈琲はどんどん進化しているけれど、未だに煮詰まった珈琲を平気で出すところも結構多いのだろう。


 「ソリュブル・コーヒー へとその名を変えた」では「棚にある全種類のインスタント・コーヒーを買って試しに飲んでみることに、どれだけの意義を認めることが出来るか、という問題」を提起しているが、結論は出していない。実際にインスタント珈琲の飲み比べをしたものとして、とても興味の湧く話題だったが、するりと別の話になってしまった。簡単に結論が出せることではない。


 「ミロンガとラドリオを、ほんの数歩ではしごする」では「ある時期の自分は、ある一定の場所と、少なくとも表面的には、密接に関係している。時期が変わると、つまり次の時期になると、それらの場所へ行かなくなる。自分のあり方が変わるからだ」と語っている。喫茶店を振り返えると、確かに店がなくなってゆけなくなる場合もあるけれど、自分のあり方が変わって、訪れる先が変わって行ったのだ。


 「喫茶店のコーヒーについて語るとき、大事なのは椅子だ」では「いきつけの喫茶店がいつもと同じである」とはどのようなことなのかを語り始めた。彼の言葉をきっかけに、いろいろなことが思い出される。行きつけの喫茶店には、必ず、お気に入りの席があった。誰かに占領されていたときの落胆は、その日一日の気分さえ左右した。初めて入る喫茶店は、どこに座ろうかと迷う時間が居心地悪い。一通り見回して、座りたい席が見つかったときの安堵と、見つからなかった時の幻滅。特にオーディオが売りの店は、座る場所が重要だ。たいていの店は全席同じ椅子だが、たまに席によって椅子が違う店がある。座り心地のいい椅子は景色も違った。


 彼は本書で珈琲そのものについてあまり論じない。珈琲を飲む場所の雰囲気、小物たちが珈琲を飲むという事に大きな関わりを持っていることを熱く語っている。中には自分のお気に入りの映画の話を長々と書き、最後に珈琲は一回だけ登場すると、おざなりにそのシーンを説明して、ネ、珈琲に関する話だったでしょと締めくくる。そんな描写をニヤニヤとしながら読む。珈琲とは飲むことに意義があり、珈琲を飲むと言うシチュエーションに意味がある。味は二の次、というよりシチュエーションで味は変わってしまうのだ。


 「ある時期のスザンヌはこの店の常連だった」ではスザンヌベガの「Tom's Diner」について語っている。アカペラで歌われるこの曲はブロードウエイの112thStreetに実在した小さな店での出来事を歌っていた。彼は事細かに歌詞を解説してくれた。そんな歌だったんだ、スザンヌベガの曲の中で一番印象的で好きな曲が珈琲にまつわる曲だったことを知って嬉しくなった。


 ハリーキャラハンが珈琲を注文した店には強盗が潜んでいた。一旦立ち去ったキャラハンが裏口からあらわれる。何してんだ、と強盗の1人が言う。「この店でもう何年もブラック・コーヒーを買ってきたが、今日のブラック・コーヒーには砂糖がしこたま入っていた。だから文句を言いにきた」と答える。ドンパチが始まって強盗をやっつける。そんな珈琲にまつわるシーンが「しょうこりもなく、オールド・ストーリを」で語られる。


 「コフィとカフェの二本立て」では映画バクダッドカフェのことを丁寧に描き、「モリエンド・カフェ」でコーヒー・ルンバを語り。「ボブ・ディランがコーヒーをもう一杯」でOne More Cup Of Coffeeを解説してくれた。彼の物語にはたくさんの珈琲にまつわる映画や曲が登場する。知っている話になると嬉しくなる。でも彼の話は、何年に作曲されたとか、誰が歌っているとか、韻の踏み方とか、僕が聞きたいことは語られない。仕方がないから「ヘイSiri珈琲の曲をかけて」と呟く。するといい感じの曲が流れてくる。本当に良い時代がやってきた。曲のタイトルなどもうどうでもいい気がしてくる。


 彼の小説を読んでいて珈琲を飲みたくなった事が幾度もあった。でも彼は「コーヒーをめぐって僕にも書くことの出来る領域は、ほとんどないのではないか」と思っていたようだ。ただ「コーヒーそのものについてではなく、それ以外のコーヒーについてなら、僕にもかけるのではないか」と言うことでこの本を書くことになったらしい。珈琲について何も論じていなかった理由が分かった。


 本書は珈琲に関わる何らかの話が語られる。読み終えて、ふと振り返る。おや、ところで片岡さんはどんな珈琲が好きだったんだろう。


片岡義男著/光文社刊行/2018年1月発行より

 

追記


 片岡義男氏は学生時代愛読した作家だ。「スローなブギにしてくれ」「彼のオートバイ、彼女の島」「人生は野菜スープ」など、乾いた文体に憧れた。片岡義男.comというサイトがある。1口10,000円以上の支援金でサポーターになると電子化された作品全て(販売中の459作品+サポータ限定公開作品)を無制限に読むことができる。片岡義男 全著作電子化計画というのだそうだ。

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