旦部幸博著「コーヒーの科学」はとても面白く参考になった。BLUEBACKSである。かつて「相対性理論」や「超ひも理論」を知りたくてお世話になったシリーズだ。結局いずれの理論も理解できなかったが、この「コーヒーの科学」はとてもわかりやすい。専門用語が随所に出てくるのだが、文章が読みやすく、わかりやすいのだ。なにより、今まで疑問に思っていたことの多くを解決してくれた。そして間違っていたことも。
おうちカフェを発動して、色々知りたくて実験をしたり調べたりするうちにこの本に出会うことができた。今まで出会った珈琲本の中で最良の一冊だ。最初にこの本に出会っていたら、実験しなかったかもしれない。いや、きっと色々実験したから、この本の内容を分かりやすいと感じたのだろう。カフェ・バッハ田口護・山田康一共著/コーヒー抽出の法則に書かれていた珈琲の味についての詳細は本書旦部幸博著「コーヒーの科学」が元である。気に入ったところをあげると全文を書き写すことになってしまう。とりあえず今回は疑問に思っていたことと間違っていたことをピックアップした。
SCAAのコーヒーの味をテストする項目に苦味がない理由
アメリカのコーヒー関係者は、一般消費者が真っ先に用いる「苦い」という言葉を避ける傾向が見られます。アメリカ人にとって「bitter」という響きは、日本人にとっての「苦い」以上にネガティブに聞こえるらしく、イメージダウンを嫌って使いたがらないようです。アメリカの一般消費者に普及させるにはその方が有効だったのかもしれませんが、SCAAやCOEの黎明期にカッピング用語を決めたとき、苦味の少ない浅煎りを重視するボストンのジョージ・ハウエル一派が中心になったことも、少なからず影響していると思われます。
味を評価をするために、SCAAのカッピング手法を参考にしたところ、「苦味」の評価項目が見当たらないのを不思議に思っていた。珈琲豆を購入するときに提供される情報にはたいてい「苦味・酸味・甘味・コク・香り」とある。苦味は珈琲の中心となる味だろうに、よりによって苦味に対する評価項目がないのは不自然だと思っていた。なるほど、こういう理由だったのだ。味ことばが共通化されることで、言葉で伝える基準ができて良いのだが、一般消費者の感覚と齟齬を来したり、特定の価値観だけが広まる懸念がある例として筆者はこのことを述べている。
ダッチコーヒーは日本生まれだった
「ダッチコーヒー」という名前ですが、オランダ人に訊いても「見たことがない」と答えます。それもそのはず、実はこのダッチコーヒーは京都生まれの抽出法です。名前にある「ダッチ」はオランダ領東インドに由来し、戦前のインドネシアの飲み方がヒントになっています。昭和30年頃、京都のサイフォンコーヒーの老舗「はなふさ」のマスターが、あるコーヒー通が本に書いたインドネシアの淹れ方に興味を惹かれ、たった数行の記述を元に「幻のコーヒー」の再現に取り組みました。そして京都大の化学専攻の学生に協力を仰いで、医療機器の専門店で製作したのが、この「ウォータードリップ」と言われる抽出器具だそうです。中略 2012年にメリー・ホワイト「Coffee Life in Japan」で紹介されて以降、アメリカでもウォータドリップを使う店が現れています。ただし面白いことに、その誕生の経緯を知ってか知らずか、彼らはこれを「キョート・コーヒー」と呼んでいます。
これは意外だった。「ウォータードリップ」は京都生まれだったなんて。そして、自作の実験道具で作った「ウォータードリップ」はあながち間違いじゃなかった。
サイフォン珈琲の間違い
「サイフォン」という名前なのに「サイフォンの原理」は働いていません。サイフォンの原理は高さの異なる二つの水面を、水を満たした管で繋いだときに水が移動する現象で、この器具で働いているのは水の蒸発と凝縮から生まれる圧力なのですから。また、原理だけでなく名前や歴史についても、色々間違った説が広まっています。現在私たちが「コーヒーサイフォン」と呼んでいるこの抽出器具は、欧米では「吸引式コーヒーメーカー」または二つのガラスパーツの形から「ダブル・ガラス風船型」と呼ばれています。日本のコーヒー本のほとんどには「1840年頃、イギリス人ロバート・ナピアーが開発したのがサイフォンの起源」と書かれていますが、それはナピアー式コーヒーポットという別の器具で、開発したのはロバート・ナピアーではなくその息子ジェームス・ナピアーで、正確な開発年は不明。同じ吸引式でもダブル・ガラス風船型とは形が異なる上、そもそもダブル・ガラス風船型の方が古くて1830年代にはドイツやフランスで特許が取得されている・・・と間違いだらけです。じつはナピアー式に似た「天秤式サイフォン」という抽出器具が1842年にフランスで特許取得されており、もともとダブルガラス風船型がサイフォンと呼ばれないユーロッパでは「天秤式よりナピアー式が先だ」という意味で「サイフォンの起源」と主張されていたようです。中略。日本では1925年に国産初の「河野式茶琲サイフォン」が販売されており、この商品から日本ではサイフォンの名前で広まったようです。中略。本家筋の欧米ではその後ほとんど廃れ、「知る人ぞ知る」存在でした。ネルドリップ同様、海外から伝わった抽出法が日本独自の進化を遂げつつ生き残った例だと言えるでしょう。1990年代以降は日本でもエスプレッソ に押され気味でしたが、近年アメリカのカフェで使われ出してから、海外でも再び注目を浴びています。
サイフォンで珈琲を淹れてみようと思い探したところ見つけたこの「天秤式サイフォン」。確かにサイフォンの原理で珈琲を抽出していない。構造は随分違うが「ダブル・ガラス風船型」と同じ原理である。いまだに喫茶店で見かけたことがない。
「講談社/旦部幸博著/コーヒーの科学/2016年3月1日発行」より
2019年10月23日
筑摩書房/高村光太郎著/珈琲店より/1957年11月発行より
著者がフランス留学していたときの随筆らしい。タイトルに珈琲と書かれているけれど、特に珈琲のことを何か言っているわけではない。オペラを鑑賞してそのまま家に帰る気がしない。ふと目の前をゆく女性の跡をついて珈琲店に入る。「後をつけていらしたの」と聞く女性に「後をつけて来たのではないの。後について来たの。」とかなんとか話しながらねんごろになってしまう。朝女性とともに起きた彼は鏡に映る自分の姿を見て「ああ、僕はやっぱり日本人だ。JAPONAISだ。MONGOLだ。LE JAUNEだ。」と早々に女から逃れる。そして「話というのは此だけだ。今夜、此から何処へ行かう。」と嘯くのだ。なんと身勝手な男の文章ではないか。
2019年10月21日
岩波書店/寺田寅彦著/コーヒー哲学序説/1948年5月15日第1刷発行より
「自分がコーヒーを飲むのは、どうもコーヒーを飲むためにコーヒーを飲むのではないように思われる。」と何を言っているのかわからんことをいいながら、世界各地で飲んだ珈琲の感想を述べ。「コーヒーの味はコーヒーによって呼び出される幻想曲の味であって、それを呼び出すためにはやはり適当な伴奏もしくは前奏が必要であるらしい。」と言い出す自分に、コーヒー中毒になっているのではないだろうかと訝しみつつ。「コーヒーの効果は官能を鋭敏にし洞察と認識を透明にする点で幾らか哲学に似ている。」と独言、「これも今しがた飲んだ一杯のコーヒーの酔いの効果であるかもしれない。」と結んでいる。失礼かとは思うが、なんだか自分も描きそうな駄文だと思う。