書籍「コーヒー抽出の法則」から珈琲の味に関するわかりやすい説明を得ることができた。ここにそのポイントを書き出し、今後の参考とさせていただく。
苦味
酸味
甘み
渋み
まろやかさ
キレ
コク
1.苦味
口に入った液体の大部分はそのまま飲み込まれるが、成分の一部は味を感じるセンサーである味蕾や口腔粘膜にとどまる。その後、粘膜の上をシート状に覆うように流れる唾液によって洗い流される。分子量が小さく親水性が高い分子ほど速やかに流失する。珈琲の苦味には、分子の大きさや親水性の違いにより、速やかに消える成分からしばらく残るものまで多数存在するため、前者はすっきりした苦味、後者は後に残る苦味となる。
2.酸味
酸味は、もともと水溶性が高く流れやすいことに加え、中和するために唾液を多く分泌させる働きがある。このため流失速度全体が高まる。結果的に、酸味自身の消失が早まるだけでなく、他の成分の消失も早めることになり、酸味成分が多い珈琲はすっきりとした味に感じられる。珈琲の生豆に含まれる酸は、生豆の段階で含まれるものにクロロゲン酸、クエン酸、リンゴ酸があり、焙煎の過程で生じるものにキナ酸、カフェー酸、酢酸などがある。この他に脂肪酸類やリン酸なども含まれる。渋みが強めのカフェー酸やクロロゲン酸を除けば、様々なフルーツの酸味物質として知られるものばかりである。リンゴ酸は完熟手前のリンゴのようなシュッとした収斂味をもった酸味、クエン酸は柑橘類のような酸味を持っている。酢酸は食酢の主成分で、低濃度ではまろやかな酸味に感じられる。キナ酸はクエン酸とともにキウイフルーツに多く含まれる。珈琲で感じられる酸味は、クエン酸や酢酸が中心で、生豆に含まれる様々な酸との組み合わせで複雑な酸味となっている。温度が低くなると苦味と甘みは感じにくくなり、酸味は感じやすくなる傾向がある。抽出して時間が経った珈琲が酸味を感じるのはこのためである。
3.甘み
珈琲を口に含み鼻に抜ける香りと味を総合したものをフレーバーと呼んでいる。フレーバーとして表現される香りは、口の中から鼻に抜ける口中香のことである。珈琲は鼻先で感じる香りより口から鼻に抜ける香りの方が豊かである。良質なコーヒーにはほんのりと甘い香りが漂う、しかし、実際には、抽出時の珈琲の成分には甘みはほとんど残っていない。もともと生豆に含まれるショ糖の量は少なく、浅煎りの時点までにほとんどが熱分解され、焙煎が終わると甘みとして感じる濃度は残らない。また、ショ糖以外の甘み成分も珈琲から見つかっていない。珈琲の甘みが実在するかどうかは疑問視されていた。しかし、実際に珈琲を飲むと、浅煎りから中煎りでは焦がし砂糖のような甘い香りや、少しスパイシーなキャラメルやメープルシロップのような甘い香りを感じる。香りだけではなく、同様の味がするように感じられる。これについては、共感覚ではないかと言われている。珈琲にはフラノン類と呼ばれる香り成分が含まれており、食品に着香料として使用されている。珈琲の甘さは、これらによる風味だと仮定すると、これらは糖類が加熱されて生まれる成分で、水に混ぜて口に含むと甘さを感じるが、鼻をつまむと甘さが失われてしまう。口中香として鼻に抜ける甘い香りが共感覚を生み出し風味としての甘みを感じさせると思われる。珈琲の甘みについては正体がまだはっきりしていない。
4.渋み
珈琲には、味を豊かにする、苦味、酸味、甘みだけでなく渋みも含まれる。珈琲における渋みはネガティブな味として捉えられている。油脂分は他の親油性の高い成分を溶かし込んで口腔内に長く留まり、他の成分とともに消失を遅らせる働きがある。渋み成分は、口腔内のタンパク質に結びつくため残留性が高くなる。渋みは苦味と共存することで相乗的に増強される味でもある。珈琲における渋みは雑味でありアクである。アクは泡に集まりやすい。ドリップで抽出する際、ドリッパーの泡が落ちきる前にサーバーから外すのはアクを抽出液に入れないためである。しかし、エスプレッソでは泡であるクレマが美味しいと言われる。つまり、泡が取り除かれるべきものかというとそうでもないのである。珈琲にはわずかだが脂質が含まれる。焙煎した豆を保管しておくと、表面に汗をかいたように油が浮き上がってくる。これが珈琲に含まれる脂質である。深煎り豆には境界活性作用のある成分が多く含まれている。エスプレッソの泡は、空気を含んだ泡でクリームのように口当たりが軽く、境界活性成分が集まって泡を安定させている。エスプレッソでは脂質も多く抽出され、泡に渋み成分と一緒に集まっている。脂質は珈琲の味や香りの成分を舌に留める。渋み成分は、クリームや乳製品などに含まれるカゼインなどの乳たんぱく質と結合するため、珈琲にクリームを入れることで渋みが減ったように感じられ、苦味の強いエスプレッソに泡立てたミルクをたっぷり入れたカフェラテは、苦味が抑えられまろやかになる。
5.まろやかさ
口の中から味物質がゆっくりと消失してゆく時、我々は実際の液体が持つ以上の粘性を感じる傾向がある。逆に、素早く失われるときは粘度が弱いと感じる。多種類の苦味がゆっくりと流れていく感覚から、重厚さや滑らかさを感じれば、ベルベットのような感触を思い浮かべ、まろみがあると感じる。ある感覚が別の感覚と混同されて認識される「共感覚」というシステムが、同じ粘性の液体にまろやかさを感じさせる。
6.キレ
キレのある味は口の中から速やかに消えることが特徴だが、それだけではすっきりと感じるだけで、苦味のキレを感じるためには、まず不快に感じる寸前のきつい苦味が必要となる。さらにそれが素早く消えるという2つの条件を満たす時、珈琲の苦味に慣れている人でも、きつい苦味に対してはある種のストレスを感じ、その苦味がすっと消えると同時に、ストレスが一気に解消されることで爽快さにつながり、これがキレの正体である。
キレのある苦味:口の中に残る持続時間が短い苦味
7.コク
美味しい味物質の量に豊富さが生み出す濃度感や持続性、味物質全体の種類の豊富さが生み出す味の複雑性が、コクを生み出す。最初に感じた一つの味だけであれば「こんな味だな」と見切りや予想がつくが、後から異なる味を感じると「あれ?」という驚きが生まれる。成分が複数含まれていると、それぞれの成分が口中でどのように唾液に流されるかで、感じる味が変化してゆく。この結果、味に奥行きを感じ「コクがある」と認識するのではないかと考えられている。コクは、単なる成分の複雑性だけでなく、その持続性や味を感知する時間に関係する。
コクのある苦味:長く残る苦味
「NHK出版/カフェ・バッハ田口護・山田康一共著/コーヒー抽出の法則p42−45」より
追記
以上は「コーヒー抽出の法則」からである。第1刷発行が2019/2/20と新しい。抜粋部のほとんどは、筆者が滋賀医科大学講師旦部幸博氏の解説を引用している。旦部氏は多くの珈琲に関する書籍を書いており、説得力のある解説で、珈琲の味について教えてくれる。珈琲の甘みについては正体がまだ判明していないというのは意外だ。
屈折式の糖度計は作物を絞るなどして採った汁を測定用の“試料”とし、試料に溶け込んでいる固形物の濃度を計測するもので。水や空気の中をまっすぐ進む光の性質を利用し、液体の中の固形物が多いほど光の屈折率が大きくなるという原理をもとにしている。果実や野菜では固形物のほとんどが糖分であることから、計測値が糖度に近い値になる。前回エスプレッソの濃度測定をしただけで、糖度があるというのは正しくないと思われる。
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