蛇口をひねると出る水を当たり前に使い、味を気にしたことはない。水にはミネラルや微量な元素が混ざっていて、地域によって味が違う。山で汲んできた天然水で珈琲を淹れてくれるお店があり、さぞ美味しいだろうと単純に喜んだ。ところで、珈琲にあう水とはどんな水なのだろう。おうちカフェで手に入るのは、水道水とウォーターサーバーの天然水だが、どちらが珈琲にあっているのだろう。そんな疑問を解消すべく、美味しい珈琲を入れることができる水の一般論、水質の公称値と実測値、実際に珈琲を淹れた味比べをした。
左から炭酸水/ボルヴィック/エヴィアン/トニックウォーター/ソラン・デ・カブラス/チャコールウォーター
一般論
美味しい珈琲を入れるために必要な水とは
当然のことだが、余計な匂いのない、新鮮で綺麗な水であること。
水に含まれるミネラルや微粒元素が味や香気成分に影響する。SCAAは蒸留残留物が150mg/L前後であるとバランスの良い珈琲に仕上がるという。
珈琲には一時硬度(KH)が3〜5°dHの水が適している。ただし石灰分の沈着を防ぎ、珈琲の美味しさを引き立てるミネラルのバランスを確保するために永久硬度<一時硬度であるべき。
水の硬度が高すぎると、エスプレッソマシン、コーヒーメーカー、ケトルなどに石灰分がこびりつき。硬度が低すぎると、KHがpHの値の変動を調整する力がなくなり、マシンの部品が腐食するリスクがある。
水の硬度とは
水を沸騰させると、一時硬度(KH)が消えて、白い石灰分が沈殿物として残る。炭酸水素塩の形で溶け込んでいるカルシウムとマグネシウムが、加熱により炭酸塩となったものだ。一方、煮沸後も水中に残る永久硬度は、硫酸カルシウム、硫酸マグネシウムの濃度にほぼ相当する。この一時硬度と永久硬度を合計したものが総硬度(GH)である。水道局が提示する情報は一般にこのGHである。炭酸塩は煮沸後白い固形物としてマシン内に固形化し、硫酸カルシウムはマシンに溜まらず流れるためマシンには問題ないが、味に影響する。
pH値とは
pH値は溶液中の水素イオン濃度を0〜14の数値で示し、酸性・中性・アルカリ性の3種類に分けられる。
pH値 < 7 :酸性
pH値 > 7 :アルカリ性
pH値 = 7 :中性
水に含まれるミネラル量はpH値に影響する。ミネラルを多く含む水はpH値が高く、軟水になればなるほど酸性になる。マシンの腐食を防ぐためには、pH値が6.5以下の水を使うべきではない。ミネラルとは、カルシウム、マグネシウム、リン、カリウム、ナトリウム、硫黄、塩素の7つが「主要ミネラル」、鉄、銅、ヨウ素、マンガン、セレン、亜鉛、クロム、コバルト、モリブデンの9つが「微量ミネラル」と呼ばれている。
(セバスチャン・ラシヌー/チュング・レング・トラン共著「コーヒーは楽しい!」より)
公称値
公共機関が公表している水の硬度は水1000ml中に溶けているカルシウムとマグネシウムの量を表わした数値である。WHOの基準では、硬度が120mg/L以下を「軟水」、120mg/L以上を「硬水」という。また、一般的には、硬度0~100mg/lを軟水、101~300mg/lを中硬水、301mg/l以上を硬水に分けている。(検索した水道の最新公称値)
硬度の単位°dHはドイツ硬度の表記法で、mg/Lはアメリカ硬度の表記法である。一般論と照らし合わせて換算すると都田も天然水も硬度が低く、杉並区は珈琲が美味しいとされる硬度に見える。デュッセルドルフは硬度が高く珈琲には合わない。
ウォーターサーバーの天然水にはバナジウム86μg/Lなどが入っている。水道水にバナジウムの含有率は記載されていない。これが味に影響しているかもしれない。微々たる違いだが、天然水の方が水道水より硬度が低いのは意外だった。
実測値
水道水と天然水のpH測定を行なった。
水道水/天然水
pHが概ね公称値に近い値であることを確認した。またpH値が6.5以下ではないことも確認できた。硬度についてはデロンギのエスプレッソマシンEC860Mを導入した時に付属した試験紙で確認したが、軟水らしいということがわかるレベルで、mg/L単位の測定はできない。幸いpHの公称値と測定値がほぼ等しいので、硬度についても大きな差はないであろうと推測し公称値で判断することにする。その結果導き出せるのは、水道水も天然水も硬度・pH共に大差ないということである。硬度は軟水、pHも中性よりのアルカリ性でマシンに対するリスクは気にしなくてよさそうだ。
味の比較
杉並区の水道水やボルヴィックは浜松の水道に比べて若干硬度が高い。エビアンはかなり硬度が高いが、最近話題らしいソランはいい感じかもしれない。富士の天然水は硬度が最も低いがアルカリ性、そのほかはほぼ中性である。こうした違いがどんな風に味に影響するのだろう。入手できる水で珈琲を淹れ比べる。
試験1
中煎り中挽きコロンビア・スプレモ10g
試験水150ccを煮沸し90℃でコーノ式ドリップ
5種類の水で味の比較
試験2
カフェポッドMusetti(ムセッティー) エボリューション6.94
デロンンギのエスプレッソ
味の比較
ポッドが3個だったためボルヴィック、ソラン、エヴィアンで確認
試験結果
蒸留残留物が150mg/L前後であるとバランスの良い珈琲に仕上がるというSCAAの提言からすると、ソランがいいかもしれない。硬度の観点からはボルヴィックが適しているかもしれない。これに対して自宅の水道水と天然水は残留物や硬度が少ないけれど、珈琲に適していないのだろうか。これらの珈琲を飲み比べた時の違いがまさに知りたいことであった。
結論
水道水や天然水とボルビックに差は感じられない。ソラン、エヴィアンは塩味が気になるため珈琲には適さない。おうちカフェの水道水とウォーターサーバーの天然水は硬度もpHも大差がなく、味やカルキ臭もない、フラットな水であることがわかった。つまり、特別な水を用意するまでもなく、水道水で十分美味しいコーヒーが淹れられることを確認した。とりあえず今回はここまででよしとする。
追記
水についての興味と、測定器が手軽に手に入ること、美味しい珈琲を飲みたいという気持ちが合わさって、今回の調査が始まり、いつものことだが、そのままでいいという結果に、満足している。
水や珈琲の糖度が計測できるか興味で調べてみた。水はいずれも糖度0で、ドリップしても糖度0だったが、エスプレッソは糖度が測定できた。クレマの甘みだろうか。
しばしば感じる水の甘さや珈琲の甘さが本当の甘さなのか、そうでないのかちょっと気になっていた。本当に甘ければ糖度が検出できるかもしれないと思ったのだ。糖度計で検出できるほどの糖度がなくても舌は甘さを感じるものなのか、あるいは体調不良や、単なる勘違いなのか。実は糖度計を手に入れたから測ってみたかったというのが真相である。
以前エヴィアンやボルヴィックはコンビニでも買えたが、近頃は見かけない。ベイシアもカルディも取り扱っていなかった。代わりに「セカオワ水」で話題のソラン・デ・カブラスや、透明だが振ると黒くなるチャコールウォーターを見つけた。エスプレッソ・トニックを作るために購入したトニックウォーターもなかなか見つからず、ようやくイオンの酒屋で、エヴィアンとボルヴィックはイオンの食料品売り場で見つけた。硬度1000mg/Lを超える硬水もあったが、お店の人の「お腹に自信のある人におすすめです」と言う言葉に従い買うのをやめた。炭酸水はどこでも見つけることができる。いずれ炭酸コールドブリューを試してみようと思っている。
おまけ
チャコール・ウォーター
鉱水に竹炭粉末を混ぜたミネラルウォーター。最初は透明だが、粉末がキャップにセットされ、開封すると竹炭が水と混ざって黒い水になる。
pH7.76、糖度0、特に味は感じられない。カップに煤が残る。
2019/9/16
屈折式の糖度計は作物を絞るなどして採った汁を測定用の“試料”とし、試料に溶け込んでいる固形物の濃度を計測する。水や空気の中をまっすぐ進む光の性質を利用し、液体の中の固形物が多いほど光の屈折率が大きくなるという原理をもとにしている。果実や野菜では固形物のほとんどが糖分であることから、計測値が糖度に近い値になる。このことからエスプレッソの濃度測定をしただけで、糖度があるというのは正しくないかもしれない。