2008年2月20日発行、川島良彰 著 「コーヒーハンター 幻のブルボン・ポワントゥ復活」コーヒーセット(初回数量限定 Jose. 川島 直筆サイン入り)を読む。
面白かった、すごかった、あっという間に読み終えてしまった。川島氏のことはある程度知っていたつもりだったが、改めて波乱万丈のコーヒー人生に驚嘆している。本書は氏の子供時代から幻のブルボン・ポワントゥを復活させるまでが描かれている。ご本人の言葉によれば「コーヒーにとって動乱の年に、僕は10代で渡航し、その後の歴史の移り変わりをこの目で見てきました。そして刺激が強すぎるほど多くのことを凝縮して学び、また政治に翻弄される中でコーヒーを見つめ、育ててきました。一般的なコーヒーの歴史だけでなく、非情な植民地政策、国も国民も不幸にする内戦と革命、病害虫との戦い、コーヒーの品種と品種改良への努力、そして農園開発をしてきました。」と言うことなのだが、その詳細は想像を遥かに超えていた。
前半は10代でいかにしてエルサルバドルに渡り、国立コーヒー研究所で勉強をするようになったか。学生結婚し子供もできるが、内戦が勃発していかに生き延びたか。そんな彼が、いかにしてUCCの世界各地のコーヒー農園の開発を手がけるようになったかが語られる。
ブルーマウンテン、ハワイコナ、マンデリンという人種も気候も文化も言葉も違う国々で、コーヒー園を開発した人は後にも先にも川島氏だけではないだろうか。彼はコーヒー屋で生まれ育ち、生まれながらにしてコーヒーを感覚的に理解している。なんと言っても、生産国の人間が理解できない消費国のことも、消費国の人間がわからない生産国の現状と栽培知識も持ち合わせている。栽培知識に至っては、世界中を回って体得した知識で世界中の農園支援を行なっている。
彼は言う「国際価格が下がると、手を叩いて喜んでいる消費国のコーヒー業界には、農民が生活できなくなるほど価格が下がった場合の弊害について機会あるごとに話してきたが、誰も聞く耳を持たなかった。一方、生産者は、低価格の毒性の強い農薬を使用したり、肥料の回数や量を減らしたりしてコストを下げようとする。それでも価格が下がると、土地を奪われ一家離散の憂き目にあう。実際にこの目でその惨状を見てきた。借金のかたにコーヒー園を手に入れた銀行などの債権者は、価格が安く手間のかかるコーヒー園を整地して牧草地にして牛を飼い始める。また価格が暴騰すると、農民ばかりか都市の資本家まで参加して、原生林を伐採してコーヒー栽培を開始する。こんなことの繰り返しは、もうやめるべきだ。生産国の人々に、消費者がどんなコーヒーを求めているかを伝え、消費国の人々には生産国の現状や正しい栽培に関する情報を流し、お互いに安心してコーヒー産業に携わり、コーヒー愛飲家が安全で美味しいコーヒーを飲み続けられるようにすべきなんだ。」と。P95-96
彼の言葉は幾度も耳にしたけれども、何度でも心に刻まなければ、私などは日常の平穏さに流されいつしか置き去りにしてしまう。肝に銘じたい思いで読み進む。
本書の後半はブルボン・ポワントゥの再発見と復活が語られる。「レユニオン島に移入されたアラビカ種ティピカから起こった突然変異種ブルボン・ロンドが、世界中を旅して、各地でさらなる突然変異や人工交配によって多数の品種を作り出していった。しかしポワントゥは、ほとんど世界に紹介されることなく、この島で眠りについてしまったのである。」それは彼が、エルサルバドルの国立コーヒー研究所で勉強を始めた頃、存在を知りいつかブルボン島に探しにゆきたいと夢想した時から始まり、20年の歳月を経て実現したのだ。
さてブルボン・ポワントゥとはどんな豆なのだろう。氏曰く「ポワントゥの味の特徴は甘みが強い。分析によれば、甘味成分のジアセチルが、グアテマラの1.3倍、モカの1.48倍もあり、逆にpHは他の品種よりも低いことがわかった。ジアセチルが高いと言うことは、それだけ甘みを強く感じる訳だが、pHが低いと通常のコーヒーでは酸味が強くなる。モカもグアテマラも、どちらも上品な酸味が身上のコーヒーだが、ポワントゥはこれらよりもpHが低い。そのため甘味の後に程よい酸味を感じる。ジアセチルが高いために、甘みが酸味を抑えているといえるだろう。またポワントゥの特徴として、冷めても渋みが出ないことも挙げられる。美味しいコーヒーの見分け方をよく聞かれるが、非常に簡単なものとして、冷めた時にも飲めるかどうかが基本だと僕は説明している。温かいうちはなんとか誤魔化して飲めてしまうコーヒーでも、冷めてくると異臭や渋みが出て、とんでもなくまずいコーヒーになってしまう。またポワントゥは抽出力が他のコーヒーに対して弱いので、通常は一杯分を立てるのに8gから10gのコーヒーで足りるところ、13g必要だ。・・・ ポワントゥは豆が異形なので均等に火が入りにくく、一つ一つの細胞が非常に小さく固いため「爆ぜ」がほとんどない。従って通常の方法では表面だけが焼けてしまい、中まで火が通らないので、1.5倍の時間をかけて弱火でじっくり焼くことになる。この豆の特徴である甘さを殺さない一番良い方法は、浅煎りなのにも関わらず、長時間かけて焙煎することになる。」p159-160 なんと具体的な説明だろう。
彼が苦労して探し出し、復活を果たしたブルボン・ポワントゥはUCCから「幻のコーヒーブルボン・ポワントゥ」として期間限定150g12,960円で発売されている。川島氏はブルボン・ポワントゥの復活後UCCを退社してMiCafetoを発足した。残念ながらMiCafetoブランドではブルボン・ポワントゥを入手できない。本書にその理由は語られていないが、あれだけ苦労して蘇らせたコーヒーをMiCafetoで出せないことに歯痒さを感じているに違いない。
間違ったコーヒーの話
本書にはこんなことも語られていた。「以前は、コーヒーの消費国と生産国は、輸出入業者や輸出公団の間のみで繋がっており、僕のいた研究所のような機関と輸出関係者とはほとんど接触がなかった。一方、研究所では、高収量や対病虫害を目的に品種改良するが、その結果が味にどう影響するかは全く考えていなかった。また、生産国側の品質鑑定士は輸出会社や公団に勤務していて、彼らは品質の良し悪しを鑑定するだけで、フィールドまで行ってその原因を確かめたりはしない。輸出関係者は、農業がわかってないから、適当な説明を付けて売る。消費国側の業者はそれを鵜呑みにしてコーヒーを輸入して売ったり、中には聞いた話をそのまま本に書いたりしているから、日本では間違ったコーヒーの話が当たり前のように流布してしまった。」世界中の人が関わっているコーヒー産業の現実と、そこで語らてきた誤った認識。具体的な間違いについては語られていないが、今まで見聞きしてきたことに該当するものがいくつもあるのだろう。これはコーヒーに限ったことではないだろうが、謝りを正す機会に出会ったなら正す元気を持ちたい。
マスカロコフィア
また本書には、以前検索しても情報が見つからなかった、マダガスカルの絶滅危惧種マスカロコフィア種についても詳細が語られている。「コーヒーの原産国はエチオピアだと言うことは結構知られているが、エチオピアはアラビカ種の原産国であって、カネフィラ種の故郷は西アフリカから中央アフリカにかけてである。また、マダガスカルからマスカリン諸島原産のコーヒーもあり、それがマスカロコフィアで、アラビカ種やカネフィラ種とは上位分類で異なっている。」彼は死にかけていたマスカロコフィア43種を見つけ、種の保存に成功している。実際に飲んでみるとエグくて独特の臭みがありまずいらしい。しかしカフェイン含有率が低いと言う特性があり、低カフェインコーヒーの開発に一躍かっている。マスカロコフィア種の情報はそのままコーヒーとして飲まれることのない種だから、検索しても見つからないのだろう。
コーヒーの分類表 p147
コーヒー品種の多様性に驚く。今までは一部しか見ていなかった。こうしてみるとマスカロコフィアは、アラビカ種からずいぶん離れた種であることがわかる。川島氏はこれらの種の味見をどこまでしたことがあるのだろう。
ブルボンから派生した品種 p147
もしかすると別の資料で見たことがあったかもしれない分類表だが、あらためて見直して、その関係がわかってきた気がする。突然変異種・人工交配種・自然交配種・選抜種と言う括りがあることを初めて知った。
コーヒーセット
本書は1970年代に留学していたエル サルバドルの国立コーヒー研究所(ISIC)で関わりのあった3銘柄がセットになっている。
1970年代、エル サルバドルは中米で最小面積の国でありながら、アラビカ種の生産では世界第4位、単位面積当たりの生産性は世界一を誇るコーヒー生産国だった。当時最先端と言われたエル サルバドルの国立コーヒー研究所にJosé. 川島がどのようにして入所できたのか等の経緯は本書に譲るが、研究所では品種に関する先見の明があり、エル サルバドルで発見されたブルボン種からの突然変異種で、収穫量の多さと暑さへの特性を持つ”パーカス種”に注目していた。また、”アラビカ種”の中で樹が一番高く、大粒の”マラゴジッペ種”は、味が良いにもかかわらず、生産性が低い上に収穫が大変なため、徐々に栽培されなくなっていた。この2つの品種のぞれぞれの良さに着目した研究所は、”パーカス”と”マラゴジッペ”を人工交配させることで、”パカマラ種”という新しい品種を開発するのだが、この”パカマラ”の開発には川島氏も関わっている。
PA:パーカス:爽やかな酸味とやさしい甘さが特徴
AM:マラゴジッペ:りんごの風味と黒砂糖のような甘さが特徴
PC:パカマラ:パーカスとマラゴジッペの良いところを受け継ぎ、黒糖のような甘さとフルーティーな酸味が特徴
各コーヒーについては別の記事に譲る。
2021/12/8
UCCのブルボン・ポワントゥ「幻のコーヒーブルボン・ポワントゥ」は「この商品の取り扱いは終了いたしました。」と表示のまま年末を迎えたが変わらない。UCCは2020年の販売を最後にもう取り扱わないと言うことだろうか。残念である。