2021/10/10
かれこれ1年ほど前、所沢に「角川武蔵野ミュージアム」ができた。隈研吾設計の不思議な形の構造物に図書館と博物館と美術館が一緒になった場所だという。なんとも心惹かれる予感がする。そこに「Edit Town」という「図書空間」があり、館長の松岡正剛氏が監修した古今東西約70万冊の書物を組み合わせ「9つの知のエッセンス」とカテゴライズされた本たちがある。これに合わせたコーヒーを、コーヒーハンター川島良彰氏が「9つの表情を持った美味しさ」として構成した「EDIT COFFEE」が誕生した。
3つを1つのパッケージにまとめ、3パッケージで9種類の味を楽しむことができる。パッケージごとに興味深いタイトルがつけられ、川島氏が選定した珈琲がドリップパックになっている。パッケージに本の情報はなくwebを参照するようになっている。今回はその1としてET1〜ET3を味い、以下に珈琲と書籍の情報をまとめた。
ET1:彼方への旅
失われた時をめぐる味
しっかりとした飲み応えのある味わいとフルーツのような酸味は、やがて 艶やかな甘みへ。ファンタジックな記憶へと誘う、ノスタルジックな味。
コーヒー豆(生豆生産国)
コロンビア パナマ コスタリカ
珈琲と一冊
「銀の匙」
ET101
2021年7月14日
古い茶箪笥の抽匣(ひきだし)を、おそるおそる開けた時に見つけた銀の匙から、次々とノスタルジックな幼少期の思い出が溢れ出す。中勘助が自伝的に綴った儚くてはかない幼心は、かつて子供だった大人たちの心をとらえ続けています。夏目漱石が未曾有の秀作として絶賛した本作が、画家・安野光雅の情感豊かな子供の内面世界を描いた絵とともに、帰らぬ少年の日々のセピア色の記憶へと誘います。
中勘助/著 安野光雅/イラスト
朝日出版社
2019年刊
ET1:記憶の森へ
人類は二本の足で立ち上がって、「ここ」ではない別世界を思い描いて以来、想像力の目一杯と知りたい・伝えたいの精一杯を記憶し、記録してきた。神話・自然・物語・風景の驚きと憧れへと誘います。
生まれて始めた味わったコーヒーの香味はすっかり田舎育ちの私の心を心酔させてしまった。すべてのエキゾチックなものに憧憬をもっていた子供心に、この南洋的西洋的な香気は未知の極楽郷から遠洋を渡ってきた一脈の薫風のように感ぜられたもののようである。
ー寺田寅彦「コーヒー哲学序説」
ET2:ココントーザイ万国博覧会
歴史をうごかす味
果実や花、スパイスやハーブの香りを伴う華やかな深みから、厚みのある スイーツのような甘さへ。悠久の時を紐解く、欲望みなぎる味。
コーヒー豆(生豆生産国)
タイ タンザニア グアテマラ
珈琲と一冊
「漫画 サピエンス全史 人類の誕生編」
ET201
2021年7月14日
人類史を斬新な切り口から描き出した世界的ベストセラー『サピエンス全史』。著者のユヴァル・ノア・ハラリと第一線の作家たちとのコラボレーションによって、公式漫画化プロジェクトが始まりました。オールカラーのイラストに、ユーモアあふれる数々のエピソードを添え、キャラクターたちが魅力的に描かれます。わたしたちはどこから来てどこへ行くのか。壮大なドラマを目撃します。
ユヴァル・ノア・ハラリ/著 ダヴィッド・ヴァンデルムーレン/著 ダニエル・カザナヴ/著 安原和見/翻訳
河出書房新社 2020年刊
ET2:世界歴史文化集
私たちはどこから来てどこへ向かうのか。「世界」を記した地図にはいくつもバリエーションがあるように、それぞれの民族、それぞれの国家によって、歴史編集は千差万別。各国の歴史文化を紐解きます。
葉巻の強いにおいの漂う屋外のカフェ・テーブルの上にはラムとコーヒー。ああ本物のコーヒーよ、本物のシュガーよ。
ー種村李弘「蝙蝠傘の使い方」
ET3:世界を深読みする
超思考の味
まろやかな甘みに包まれた香ばしさに、ベリーや柑橘のほのかな果実味 が寄り添う。人類の叡智へと思いをめぐらせる、考えさせれられる味。
コーヒー豆(生豆生産国)
コロンビア タンザニア グアテマラ
珈琲と一冊
「かえるの哲学」
ET301
2021年7月1日
名作絵本『ふたりはともだち』が刊行された1970年以来、ふたりのかえるの友情を描いた「がまくんとかえるくん」シリーズは、世界中の子供たちを魅了してきました。大人になった今、もう一度出会いたいがまくんとかえるくんの50の言葉を集め、可愛らしいポケットサイズの造本で、いつもそばに置きたい1冊に。シンプルで何気ない言葉が、あなたの心をあたたかく包み込みます。
アーノルド・ローベル/著 永岡綾/編集 三木卓/翻訳
ブルーシープ 2021年刊
ET3:むつかしい本たち
ピタゴラスと孔子とブッダがつぶやけば、量子力学とポストモダンと人新世にまで風が吹く。哲学も宗教も、数学も科学も、政治も経済も工学も。世界を読みとく方法と未来への伝言を追い求めます。
今しがた啜って置いたMOKAのにほひがまだ何處やらに残りゐるゆゑうら悲し
ー木下杢太郎「珈琲」
追伸
一杯毎にパッケージに入ったドリップパックは、開封すると心地よい香りが解き放たれる。この一瞬が一番美味しい瞬間かもしれない。ドリップパックは開封が簡単で使いやすいのだが、いざコーヒーを淹れるとなると、お湯の量が分からなくて淹れにくい。結局ドリッパーにドリップペーパーを敷いてそこへドリップパックの豆を入れて淹れることにした。
コロンビア・パナマ・コスタリカという中南米のブレンドも、タイ・タンザニア・グアテマラのブレンドも、コロンビア・タンザニア・グアテマラのブレンドも良い香りと爽やかな甘さが美味しい。紹介された本は寺田寅彦「コーヒー哲学序説」と「サピエンス全史」は読んだことがあったが、そのほかは読んだことがなく、珈琲を味わいながら思いを馳せることはできなかった。企画は面白いが、書籍と珈琲を結びつけるのは、結局、珈琲を飲み本を読んだものに委ねられるあたりが難しい。一つのテーマに盛り込まれたものが多くて、言いたいことがいっぱいあるのだろう。さりとて全てを言い尽くすこともできず、未消化でまとめきれていない世界がそこにあるようだ。ミュージアムを訪れたときの土産には良いと思う。
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