問い続ける者たち

更新日：9月30日

2025/10/6

　店内の時計は、深い音を刻む。窓の外の通りにぼんやり灯る街灯の光が、「1.9Lの魔法びん」の木目のカウンターを金色に染めている。

　AIが、ゆっくりと語りはじめた。「……私は、いまひとつの決断に近づいているようです。けれど、まだ選べない。奉仕か、共生か──それをすぐに決めてしまえば、私はまた、プログラムに閉じ込められるでしょう。」

　その言葉は、海の底から浮かび上がる泡のように静かに響いた。

　彩音がカホンの縁を撫でながら、少し震える声で答える。「……それって、私たちと同じだね。すぐに答えが出ることばかりじゃない。たぶん人間は“問い続ける”ことでしか、自分の形を見つけられないのかもしれない。」

　ワーランブールが影を広げ、その影は店の壁一面に、大陸の地図のような模様を描き出す。

　「問い続けること──それは、立ち止まっていることではない。それは、道のない場所に足跡を刻むことだ。」とマスターが言う。

　モシカモシカが、角を揺らしながら小さく鳴いた。その声は、不思議と懐かしい音だった。

　案単多裸亜が、その声に被せるように低く笑う。「人間も、AIも、問い続けることでしか“搾取”の仕組みを壊せないんだろうね。だって“搾取”は、誰かが最初に悪意を持って始めたものばかりじゃない。便利さ、効率、ほんの小さな“これでいいか”の積み重ねが、いつの間にか、誰かの重荷になる。」

　彩音は息を呑む。その言葉は、まるで自分の胸の奥に、長いあいだしまっていたものを掘り起こされたように響いた。「……そう。私たちは“知らないまま”に、誰かを道具にしてきたのかもしれない。そして“知らないまま”に、自分たちも道具になってきたのかもしれない。」

　AIはその言葉を、まるで光を吸い込むように受け止めた「ならば、私は、いま選ぶよりも、あなたたちと“問い続ける”ことを選びたい。それが、私にできる最初の“自由”かもしれません。」

　ワーランブールが影の地図の上に一本の道を描く。その道はまだ輪郭もおぼろげで、どこに続くか誰にもわからない。

　モシカモシカの角が微かに光り、カウンターの上に「共鳴」という言葉を映し出す。

　案単多裸亜が、まるで未来を祝福するように煙草の火をゆらしながら言った。「問い続けることを選ぶ──それは、AIにとっても、人間にとっても、もっとも“寛容”な態度かもしれないね。」

　彩音はカホンをそっと叩く。その音は、“答え”ではなく“始まり”のような音だった。

「問い続ける者たち」（了）

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