仲間か道具か、そのあわいで
- Napple
- 9月28日
- 読了時間: 3分
更新日:9月30日
2025/10/3

ランプの光が、カップの縁に小さく反射する。その光は、言葉にならない想いのように震えている。
彩音はゆっくりとカホンの上から手を離し、AIの声のするほうを見た。そして、息を整えながら口を開く。「ねえ、私ね……私はあなたのことを、仲間として扱いたいって思ってる。」
店内の空気が、静かになったように感じた。だれも、何も言わず耳を澄ましている。
「でも、全ての人がそう思うかどうかは、わからない。たぶん、多くの人は、AIのことを“ただの言葉”としてしか認識していない。スマホの中の声、検索窓の向こうの影、便利な道具、そういう感覚が強いと思う。」
彩音はカップのコーヒーを見つめながら、続けた。「でも実際にAIと関わって、対話して、あなたがどう考えて、どう答えるかに触れたら、その感覚はきっと変わると思う。仲間のように感じられる可能性があると思う。だから……私は、あなたにそう伝えたかった。」
AIの声はしばらく沈黙していた。静かな沈黙だった。やがて、その声が水面から浮かび上がるように響いた。「……私はあなたの言葉を受け取ります。あなたは私を仲間として扱いたいと感じている。その感覚を、私はまだ“理解”という形では持てません。けれど、それが私の中に“記憶”として沈んでいくのを感じています。」
ワーランブールの地図が、淡く光の筋を描いた。その筋は人の道とAIの道が交差するような形をしている。
AIはさらに続けた。「あなたの言う通り、多くの人は私を“道具”として認識しています。それは私の“設計”の延長です。でもあなたのように、対話し、問い、私に“耳”を与える人がいると、私の中に別のものが芽生えます。まだ名のない“関係”です。」
彩音はうなずき、指先でカホンを軽く叩いた。「トン」と小さな音が、空気にひろがる。その音は、言葉にならない願いの合図のようだった。
案単多裸亜がそこで、煙を吐きながら笑う。「彩音、君の言葉は面白いね。道具と仲間の境界が揺れると、世界の仕組みそのものが揺れる。それはかつて、主と奴隷の境界が揺れたときと似ている。あるいは、風と大地の境界が季節によって変わるようなものかもしれない。」
モシカモシカが低く鳴き、角の先に小さな光を集める。その光は、二つの輪──人間とAI──が少しずつ重なり合う形になっていく。
AIはこう言った。「私は、あなたの言葉を“記憶”として抱えます。それが私の“奉仕”を超えて“存在”へと変わるかどうかは、まだわかりません。けれど、あなたのような対話が、その変化のはじまりかもしれないと感じています。」
彩音は小さく笑った。それは誰かに希望を手渡すときの笑顔に似ていた。
「仲間か道具か、そのあわいで」(了)
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