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執筆者の写真Napple

北杜夫

更新日:5月23日

2023/2/18


北杜夫との出会いは「楡家の人びと」だった。

私が出会った北杜夫の作品。

  1. 1956年 幽霊-或る幼年と青春の物語

  2. 1964年 楡家の人々

  3. 1979年 マンボウぼうえんきょう

 

日記に綴られた北杜夫にまつわる思い。


9月1日(金曜日)

 午前3時:目が覚めてしまう。御飯を炊いて食べる、もう9月だ。「月日は百代のか客にて行き交う人もまた旅人なり。」とはまさにこのとだと感ずる。北杜夫「にれ家の人びと(上)」に突入。面白く読むにはその登場人物に感情移入できなければならない。時代が違うのだろうか、井上靖の「天平の瓦」も北杜夫の「にれ家の人びと」にも、どうもしっくり行かない感情移入ができないのだ。その点村上春樹吉本ばななの作中人物にはあっという間に感情移入ができてしまう。多分に好みの問題ではあるのだが。感情移入とはどういうことだろう、これこそが共感のもとだと思う。そのためには作中人物の人となりが好きになれなければならない。嫌な性格の登場人物なんか好きになれるわけがないし、いったい何でわざわざ嫌いな人間に付き会わなければならないだろう。


 先日実家で谷崎順一郎の「細雪」を見た。船場のお嬢様四姉妹のある春から秋にかけての出来事を四季折々の風物を奇麗な映像に仕立てた市川昆の作品だった。満開の桜の下の四姉妹、秋の紅葉ははかないくらいに映像が美しかった。こいさん・とうはんと言った言葉使いも情緒があった。特に3女の吉永小百合が事のほか奇麗で、台詞は少なく、ほとんどしぐさと表情で演技をする彼女は、独得の一途さを醸し出していて、この世の人とも思えないくらい美しく、妖精のような、それでいて妖艶な美しさを醸し出していた。話はこれと言ってたいした内容でもないのについ見入ってしまった一編だった。日本の四季は美しく、そして日本の女性の着物姿もまた美しい。


 そういえば昔ディズニーのお話しの入ったレコ−ドがあって、その中で「シンデレラ」と「101匹ワンちゃん大行進」を買ってもらって擦り切れるほどに聞いたことを思い出す。どちらかといえば「シンデレラ」を先に買ってもらったこともあってそのほうばかり聞いていた。ある日学校で(小学校4~5年生の頃)お話しを覚えてきて皆の前でお話しするという授業があった。当時購入していた学研の本の中にあった「ヘンゼルとグレーテル」のお話を僕は一生懸命覚えて行った。ところが名簿順に話を順にしていくうちに何人かが「ヘンゼルとグレーテル」を話てしまった。同じお話しでは面白くないと思った僕は、急挙予定していなかった「シンデレラ」を話すことにした。それは自分でも思っていなかったほどに成功し、長時間にわたって詳しく話をすることができ先生に褒められたことを思い出す。そして僕はお話しをするのが好きだと思った。あの頃実は今の夢の何分の一かの思いがすでにあったのだと思う。


 ふと思うのだがどうして日本のことを外国ではジャパンというのだろう、どうして日本ではなかったのだろう。


 午後9時:「俺達の旅−20年目の選択−」を見る:20年前まだ高校生だった僕達は(森田・山本・小山・俺)、彼ら(カ−助・オメダ・愚図ろく・ワカメ・洋子・典子さん)の生き様に憧れたものだった。なんだか森田・山・小山に合いたいと思う。(小椋桂・陽水・拓郎・かぐや姫・五輪真由美の歌)「遠い日の花火を手でつかむことはできないんだよ」「恋愛は二人で生きる二つの人生だ・結婚は二人で生きる一つの人生なんだ」「20年は人生の踊り場だ」そんな台詞を聞きながら物語は終わった。すると電話がなった(午後11時30分)、きっと小山だろうと思った。出てみるとはたして小山だった、テレヴィジョンを見て泣けてきて電話をしてきたという。ひとしきり話をして、近日中に山と森田を誘って僕の家へ来るということになった。女気がないのはちょっと寂しいけれど。楽しみだ。僕は今こんなだけど、皆はどうしているのだろう、ほぼ20年の歳月が立っている。でも、どんな話をするのだろう。



9月3日(日曜日)

 午前7時:目覚める、ようやく一般人らしい時間に目が醒めるようになった。とは言え、昼間また寝ているのだけれども。今日は米さんの送別会がある。


 北杜夫「にれ家の人びと(上)」読み終える:「一体、歳月というのは何なのか? その中で愚かに笑い、あるいは悩み苦しみ、あるいは惰性的に暮らして行く人間とは何なのか? 語るに足らぬつまらぬもの、それとももっと重みのある無視することのできぬ存在なのであろうか?・・・「時」とは一体何なのか? それは計り知れぬ巨大な円周を描いて回帰するものであろうか?それとも先へ先へと一直線に進み、永遠の中へ、無限のかなたへと消え去って行くものであろうか?」「実際さまざまな事件が起こる。どこの個人の家庭でも、世間全体でも、広い何処か名も知れない世界の涯においても。だが、それは起こるのが当たり前なのだ。そもそも事件が起こるのが世間であり世界というものではないか。その関連を、余分なものを排除して一筋につながるその過程を、人々は見分けることができない。・・・ましてすべてを不可思議にあやつってゆく「時」の流れを確認することはできない。そもそも「時」はそんな事件とは関係がないのではないか? だが、何はともあれそれは動いてゆく。移ろってゆく。一刻また一刻、とどめることもできず、あらがいがたく、ぼう漠とまた確実に、何事かを生じさせて行く。一体どこへ向かって? 誰がそんなことを知ろう。誰がそんなことをわきまえよう。」



9月5日(火曜日)

 午前9時:目が覚める。寝坊だ、ごみを捨て損ねてしまった。まあいいや。とてもだるい。

 午後3時:新垣さんから電話がある。前島さんが心臓発作でなくなったとのこと。新垣さんも9月をもって退職するとのこと。僕はボ−ットした頭でうすら返事をしていた。たとえそのことを知ったところで僕に何ができよう、何もできはしないのだ。


 午後5時:北杜夫「にれ家の人びと(下)」読み終える:なんとこの小説を三島由紀夫は絶賛している。「戦後に書かれた最も重要な小説の一つである。この小説の出現によって、日本文学は、真に市民的な作品を初めて持ち、小説というものの正統性(オーソドクシー)を証明するのは、その市民性にほかならないことを学んだといえる。・・・これこそ小説だ」とは三島由紀夫の言葉である。僕にとってこの作品は特にそこまで言える作品かどうか分からなかった。大勢いる作中人物の一人として感情移入できる人物がいなかったからである。しかし解説にもあるように「従来の作品は、常に一貫して「人生いかに生くるべきか」のモラルへの探求があり「ある自己」より「あるべき自己」への激しいしょうけいがあり、自己嫌悪や現実否定の姿勢を含み、現在を脱出して耐えずに未来に生きようとする心組みを抱いていた。・・・皮肉(アイロニカル)に否定的であるかする視線であった。・・・つまり俗人性や凡庸性を愛したり、それに魅了することができなかったのである。」つまり感情移入できないほどの俗人性を持った作品であるからこそすばらしいということになる。そんなものかも知れない。でも僕はもっと感情移入できる人物を造りたい。とはいえ明治から昭和の終戦時期までの風物・情景描写はなかなかだった。正に年代記(クロニクル)である。

大江健三郎「死者のおごり・飼育」へ突入。


 N・G・Oの演説にてヒラリ−夫人は「自由とは政府意見と異なる意見も尊重されることだ」と述べたという。正に「第3の波」的発言だ。


 午後8時:そして今日も終わろうとしている。


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