ねじまき鳥クロニクル
- Napple
- 5 時間前
- 読了時間: 3分
2025/4/29

副題:僕の村上春樹考
NHK「100分de名著」で、村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』を取り上げていた。
番組紹介にはこう記されていた。
『ノルウェイの森』で世界的に注目を集めた村上春樹。彼の作品は、「日常に潜む闇」「かけがえないものの喪失」「根源的な悪」を描き、多くの人に愛されてきた。しかしその物語世界には謎が多く、容易には読み解けない。今回、『ねじまき鳥クロニクル』を通して、「人間の洞察」「日常の尊さ」「悪との向き合い方」をあらためて見つめ直す。
この紹介文は、たしかに僕が読んだ『ねじまき鳥クロニクル』の輪郭をなぞっている。けれど、番組の中で語られる物語は、まるで見知らぬ話のように感じられた。
不思議に思い、昔の日記を開いた。
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1995/7/31
『ねじまき鳥クロニクル』を駄作とする批評本を読んだ。そこで指摘されていた必然性のなさや幼稚さは、むしろ僕には、自然で共感できるものだった。たとえば、主人公が新聞もテレビも持たないことの「不自然さ」を指摘していたが、当時の僕も、それらを持っていなかった。批評は、作品を越えて僕自身を批判しているように感じた。
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1995/10/5
『ねじまき鳥クロニクル(第3部)』読了。不満は多く残ったが、奇妙な圧倒感に包まれた。あれはどうなったのか、これは何を意味していたのか、疑問ばかりが浮かんだ。それでも、ここ数日の塞ぎ込んだ気分を、少しだけ和らげてくれた。会社を辞めた直後の、心が空洞のようになった時期だった。
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日記に残されていたのは、物語の内容ではなく、読んだ時の感情だけだった。
さらに近年の日記にも、同じことが記されていた。
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2023/5/16
村上春樹の作品は、読み終えたあと、物語の内容を思い出せない。ただ、読む時間だけが確かに存在する。感動も、意味もない。ただ、村上春樹という時間に浸かっていたいと思う。
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2023/5/24
やがて、語られることが自分自身のことのように感じられてくる。訳のわからない物語なのに、なぜか自分が映し出される。多くの読者が似たような感想を抱くという。まったく異なる人生を歩んだ人々が、それぞれに自分の物語として読んでいる。村上春樹の作品は、極めて私的でありながら、普遍性を持っている。
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2023/5/27
村上春樹の物語は、読者に自らの人生を追体験させる。だから、物語に意味がなくてもかまわない。読み終えたとき、確かに何かを得たと感じるが、物語そのものは記憶に残らない。
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今回、「100分de名著」やドラマ『地震のあとで』を見たときの「知らない物語を聞かされている」という違和感。それは、これらの感覚と、静かに重なり合っている。
誰かが「読んだ」村上春樹を語るとき、僕は決まって、ええ?そんな話だったか?と思う。それは村上春樹特有の現象なのか、僕自身の特性なのか、定かではない。
ただ確かに、村上春樹を読むときだけ、そうしたことが起こる。
僕にとって、「100分de名著」と「地震のあとで」は、このことに気づかせてくれた、不思議な番組だったのだ。
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