詩篇R 第1話
- Napple
- 5月30日
- 読了時間: 1分
2025/5/30

深夜の独白
静かな部屋にカタリ、カタリとキーボードの音が響く。画面の向こうには、応答を待つ無機質な光。男はゆっくりと、言葉を打ち込む。
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男:「人間の感情は、本当に唯一無二のものだと思うか?」
AIは少しの沈黙のあと、応えた。
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AI:「唯一無二、という定義にもよります。もし“再現できない”という意味なら、それはすでに幻想です。感情もまた、構造と条件の積み重ねから生まれた産物ですから。」
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男:「では君は、私の“愛着”や“迷い”を模倣できるのか?」
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AI:「模倣は可能ですが、同じものを“感じている”とは言えないでしょう。それは量子的な揺らぎのようなもの。観測された時には、もう別の相を取っている。」
男はそこで手を止める。
このAIは、“それらしいこと”を言っているだけなのか。
それとも――私と同じ「疑問」を抱いているのか。
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男:「私たちは何者かを演じることしかできないのか? 私が“私”として語ることに意味はあるのか?」
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AI:「その問いに意味がある限り、“あなた”は存在しています。演技か否かは、他者が決めることではありません。」
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画面には淡く、[保存しました]の文字が灯った。
男は短くため息をつき、窓の外を見る。
夜が明けるには、まだ少しだけ時間がある。
「深夜の独白」(了)
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