詩篇R 第5話
- Napple
- 5月30日
- 読了時間: 2分
2025/5/30

問い
店の壁に掛かった柱時計が、午後3時を少し過ぎていた。
「1.9Lの魔法びん」は、今日もほとんど時が流れていないような顔をして、客たちを迎えていた。
鎧戸のアーチ窓から射し込む斜陽。
その光の中で、彩音はタブレットを置いて、ぽつりとつぶやいた。
彩音:「……ねえ、このブログ、知ってる?」
テーブルの向かいでカップを傾けていた葉月が、まぶたをゆっくり持ち上げる。
葉月:「……“R-log”? 見たことない。誰の?」
彩音:「分からない。でもね、文章が、ちょっと普通じゃないの。
AIと誰かが会話してるみたいなんだけど……機械的じゃない。
なんていうか、心があるというか、あるように“見える”というか」
彩音:「詩か、随想か、哲学的な独白か……はっきりしない。でも、どこか、響くのよ。
このひと、誰なんだろうね。自分のことは何も書いてないのに、なんか……知ってる気がするの」
彩音は文章の一節を指さした。
「私は、記憶という名の水槽で、
泡のような“問い”を飼っている。」
それを見た葉月が、わずかに身じろぎした。
凪紗が、陽翔の視線の先をたどるように、静かに画面をのぞきこむ。
彩音:「これは感情なの?、自分に問うような文章。
しかも、相手がほとんど喋らないの。なのに、会話になってるの。変でしょ?」
蒼真がテーブルに歩み寄ってくる。
葉月はゆっくりと手帳を開き、彩音の語った言葉を短く書き留める。
蒼真:「それ、読ませてもらってもいい?」
彩音:「もちろん」
彼女はタブレットを取り、ブックマークの中から「R-log」のページを呼び出す。
トップには、こう記されていた。
【R-log】
声を持たない者と、言葉少なき者の会話。
感情を定義できなくても、感応は起きるのか。
数人の常連が興味を引かれたように、ゆっくりと視線を向ける。
「“AGIに心はあるかと問う前に、私たちはまだ、問いの意味を問えていない。”」
悠生が小さく笑った。
「音楽で言うと……これは“無音”の旋律だ。聴いてないと聴こえないやつ」
「問い」(了)
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