2025/2/21
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冨田勲の「火の鳥」。それが、私とシンセサイザーの出会いだった。未知の音、無数のツマミ、絡み合うコード。そんな世界に魅了された私は、「初歩のラジオ」に掲載されたムーグ・シンセサイザーの回路図に胸を躍らせ、「いつか作りたい」と夢見ていた。
大阪駅前第一ビルにシンセサイザーのショールームを見つけたとき、運命のようなものを感じた。そこには「Roland」と書かれていた。
イッパシの電気少年を気取っていた私は、パッチコードやメーター、オープンリールデッキが並ぶその光景に心を奪われた。松本零士の漫画に出てくる、メーターだらけの未来的な機械たち。それが、目の前にある。しかし、憧れと現実は必ずしも一致しない。ショールームでシンセサイザーに触れてみたものの、音を出すことすらできなかった。
そんな私がRolandに入社できたのは、まるで夢のようだった。
当時、シンセサイザーは主に鍵盤楽器だった。しかし、鍵盤が弾けない者にとって、それは宝の持ち腐れである。ましてや音作りの知識もないのだから、なおさらだ。けれど、憧れというものは、そうした障壁とは無関係に膨らんでいく。私はシンセサイザーに関わりたい一心で、社内販売で機材を手に入れた。
手に入れた機材たち
SYSTEM-100 – モジュラー・シンセサイザー
SYSTEM-100M – コンパクトなモジュラー・シンセサイザー
GR-500 – ギター・シンセサイザー
RE-201 – スペースエコー
DSP-1000 – デジタル・シグナル・プロセッサー
JC-120 – ジャズコーラス・アンプ
Rhodes mkI 73Keys – エレクトリック・ピアノ
憧れ続けた機材たちが、今、目の前にある。しかし、音が出ない。でも嬉しい。嬉しいからこそ、試行錯誤する。あれこれ試しているうちに、ようやく音が出た。感動した。もっと音を出したいと思った。……だが、そこまでだった。鍵盤が弾けない私は、思うように演奏することができなかった。
それでも、機材を眺めているだけで満たされた。やがてコンピューターを繋げ、音を鳴らそうと考えるようになった。そのうちに、コンピューターそのものが音楽を奏でる時代が訪れた。シンセサイザーへの憧れと葛藤を抱えながら。
しかし、そんな宝の山も、ある日妻から「ゴミ」とみなされる時がやってくる。
オープンリールデッキとアナログ・シンセサイザーたちは、過去の遺物となり、我が家から姿を消した。そして新たに迎えたのは、音階を持たないアナログ楽器たち。シンセサイザーではなく、ディジュリドゥやリケンべ、カホンといった、より生々しい響きを持つ楽器たちだった。それらは我が家に居場所を得て、生き残った。
時が流れ、やがて再びシンセサイザーがやってくる。
それは、手のひらサイズのアナログ・シンセサイザーだった。2つのオシレーターを搭載し、悩まなくても音が出る。ツマミを回せば音色が変わり、リボン・コントローラーで簡単に演奏できる。それはRolandではなく、KORGの製品だった。
ようやく私は気づいた。自分に扱える楽器がどんなものか。長年囚われていた過去の呪縛から解き放たれたのかもしれない。
シンセサイザーを難しく考える必要はない。ただ、音を楽しめばいいのだ。
私は今、純粋に音を楽しめる年齢になれた気がする。
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