引き継ぐ第7話
- Napple
- 7 時間前
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2025/8/23

ほぐれた糸
「凄いよな。あの映画。ハリウッドより桁違いに少ない人数であの映像を作り出した。少数だから効率が良かった面はある。でも天才的な人がいたからこそできたことだ。ところがその人はYouTubeで学んだんだ。」
カウンターでコーヒーを啜りながら、陽翔が話し始めた。
「いつの時代も学ぶチャンスはある。その方法が時代とともに変わっていく。たとえやり方が変わっても、人から人へ受け継がれることに変わりない。」
言葉が落ちると、店内に小さな沈黙が広がった。彩音がふと窓の外を見てつぶやいた。「でも、最近よく聞くの。新幹線のトラブルとか、研究者が減ってるとか……。うまく引き継げなくなってるんじゃないかなって」
マスターは黙って灰皿を拭きながら頷いた。「知識も技術も、道具みたいなものだ。置いておけば形は残る。でも、手に取る人がいなければ、すぐに錆びてしまう。誰かの指の温もりに触れて初めて、次に渡っていくんだ」
案単多裸亜が指をひらひらさせて笑う。「便利になればなるほど、触れる指は減るのさ。触れなくても済むからね。でも触れないままじゃ、舟は編めない。糸はほぐれたままだ」
その言葉に陽翔は眉を寄せた。「じゃあさ、俺たちはもう、舟を編めなくなってるのか?」
無口な男がその時、静かにコトンとカップを置いた。「糸はまだ残ってる。」
それはほんの一言だった。けれど、店の誰もがその一言に背筋を伸ばした。
マスターが低く応えるように呟いた。「糸が残っている限り、誰かが結び直せる。忘れられた舟を掘り起こすのは、いつだって新しい手だ」
「ほぐれた糸」(了)
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