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引き継ぐ第4話

  • 執筆者の写真: Napple
    Napple
  • 3 日前
  • 読了時間: 1分

更新日:3 日前

2025/8/20

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陽翔の舟


 陽翔は、窓際の席でテーブルの上のかんな屑を見つめた。しばらく物思いに耽り、煙草に火をつけると、問わず語りを始めた。


 若い頃、建築現場で師匠についていた時期があった。真夏の午後、コンクリートの熱が足元から立ち上がり、汗が目に入るほどの作業中、師匠は言った。「失敗しろ。ただし、誇れる失敗をしろ」


 あのときは意味がわからなかった。けれど、師匠は俺が木材の寸法を間違えたとき、怒鳴る代わりに図面を手渡してきた。「間違ったまま組め。どうなるか、自分の目で見ろ」。結果、組み上げた枠は歪み、扉は閉まらなかった。そして、その時、言葉では伝えられない何かを覚えた。


 効率を求めるなら、間違いはすぐに直すべきだろう。だが、誇れる失敗は、直す前にじっと眺めて、触って、考え抜く時間がいる。その時間こそが、舟を編む縄になる──そう思う。


 窓の外の路地に夕陽が反射している。紫煙がそれに溶ける。カウンターで彩音がカップを持ち直した。彼女もまた、自分だけの舟を持っている。陽翔は煙を吐き出し、呟いた。「舟を編む……か。師匠もきっと、あのとき俺に舟を渡してくれたんだな」


「陽翔の舟」(了)

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