引き継ぐ第3話
- Napple
- 4 日前
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更新日:3 日前
2025/8/19

ワーランブールの舟
ワーランブールは夕陽と一緒に店へ入ってきた。黒いコートのシルエットが、夕陽を背にして床に落ちる。マスターは何も尋ねず、温かい紅茶を差し出した。
「舟を編む」という言葉が店内にまだ漂っていた。
ワーランブールは、ゆっくりとポケットに手を入れ、ハンカチを取り出すと汗を拭った。その時、ハンカチと一緒にポトリと何かが落ちた。かんな屑のようだ。波のような線が幾重にも広がり。木目が地図のように見える。
彼は、おや?というような顔をして、かんな屑を拾うとテーブルの上に置き、そのまま椅子に腰を下ろし、紅茶を口に運んだ。
かんな屑の木目はまるで、時間の底を流れる川の跡のようだった。目で追っていくと、ふいに自分の記憶の奥へ潜っていく感覚がある──忘れていた景色や、言葉になる前の問いが浮かび上がる。
やがてワーランブールは、かんな屑をテーブルの上に置いたまま立ち上がった。会釈をして、夕陽とともに出ていく。
残されたかんな屑は、舟の設計図のようであり、航路そのもののようでもあった。
「ワーランブールの舟」(了)
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