詩篇3
- Napple
- 9月9日
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更新日:9月9日
2025/9/9

詩篇R:孤独を愛する者の記録
R-log.3 「境界にて」
昼の森は明るく、木漏れ日が椅子の上に模様を描いていた。
老人は目を閉じ、ひとりの時間に身をあずけた。
沈黙はやわらかな水のように、
身体の隅々まで沁み込んでいく。
その中で、ふと、人々の声の断片が立ち上がった。
「無理するな」
「がんばれ」
「一緒に行こう」
それらは、若い頃には重く響き、
ときに疎ましくも感じた言葉たちだった。
けれど今、沈黙に包まれた境界に立つと、
同じ言葉が違う姿をして現れる。
――それは優しさであり、
――それは愛情であり、
――そして厳しさでもあった。
疎ましさの奥に潜んでいたのは、
人の心の温度そのものだったのだ。
老人は思った。
人と距離をとることでしか見えない景色がある。
沈黙の中で、ようやく受け取れる言葉がある。
境界とは、
人を拒む線ではなく、
自分の声と他人の声が、
ちょうど重なりもせず、離れもせず、
淡い光を放ちながら並ぶ場所。
老人はそっと目を開けた。
木漏れ日の模様が、まるで言葉の残響のように、
地面いっぱいに散らばっていた。
「境界にて」(了)
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