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ホッジ予想

  • 執筆者の写真: Napple
    Napple
  • 5月9日
  • 読了時間: 5分

2025/5/9



第一章:かたちのない僕

 放課後の音楽室。誰もいなくなった部屋で、カホンの前に座る少年が一人。トントン、タッ、タタタ……と、指でそっと叩いてみる。「なんで、こんなに音って自由なんだろう」彼は自分の声が苦手だった。何を話しても、うまく伝わらない気がしていたから。でも、音を叩くと少しだけ、気持ちが浮かび上がってくる。それは、まるで「見えない自分の輪郭」を紙の上に描こうとするような──自分が何者かを、音で探そうとしているような感覚だった。


第二章:ホッジ先生のノート

 ある日、図書室の奥で、不思議な本を見つけた。表紙にはこう書かれていた。「ホッジ予想:見えない形と、世界の秘密」少年は思った。「見えない形って、僕のことみたいだ」ページをめくると、こんなことが書かれていた。「形には、外から見える形と、内側にひそむ“かたち”がある。目に見えなくても、心で感じる形。ホッジはそれを数式で見つけようとした」少年の胸が熱くなった。──これだ。僕は“数式”じゃなくて“音”で、それを見つけてるんじゃないか?


第三章:カリンバとディジュリドゥ

 別の日、町の古道具屋で見つけた小さなカリンバと、大きな不思議な管──ディジュリドゥ。どちらも、音に“形”があるような楽器だった。カリンバは、触れるたびに小さな涙のような音がする。ディジュリドゥは、深い息の底から地球が響いてくるような音。少年は、放課後の音楽室に二つを持ち込んで、カホンとあわせて演奏した。ポン……チリン……ブウウウ……まるで自分の中の「問いかけ」と「答え」が会話をしているようだった。そう。ホッジ予想が言う“見えないかたち”は、数学じゃなくても見つけられる。音の中にも、心の中にも、それはある。


第四章:僕というモチーフ

 学校の文化祭の日、少年はステージに立った。でも、マイクの前で話すことはしなかった。ただ──音を叩いた。カホンのリズム、カリンバの響き、ディジュリドゥのうねり。

聴いている人たちの顔が、すこしずつ変わっていく。笑ったり、目を閉じたり、うなずいたり。そして演奏のあと、ひとりの友達が声をかけてきた。「……あの音、僕にも“ある”って気がした」そのとき少年は、はじめてはっきりと、自分という形を感じた。


第五章:世界は、かたちに満ちている

 ホッジ予想は、まだ誰も証明していない。でも少年は知っている。世界には、目に見えない形があること。そして、自分の中にも、“確かにある”ということを。それは音かもしれないし、言葉かもしれないし、ただの沈黙かもしれない。でもそれでも、確かに「ある」。それを探す旅は、今もつづいている。


第六章:音の向こうの部屋

 放課後の音楽室。いつものようにカホンを叩いていたとき、ふと変な響きが返ってきた。壁の向こうから、かすかな共鳴音。トン……トン……こちらのリズムに、答えるような。不思議に思った少年は、音の方向へと近づいた。壁には古い譜面棚があり、その裏にわずかな隙間があった。手を差し入れると、ひんやりとした空気。譜面棚をずらすと、そこに古いドアがあった。開かずの部屋。その部屋には、埃だらけの黒板と、山のようなノート。その中の一冊に、こう書かれていた。「コホモロジー的に等しいものは、実は形の奥でつながっている」そして、続きにこうも。「同じ“響き”を持つものは、世界の異なる場所でも呼応する」


第七章:写す、写される

 ノートには、過去にこの学校にいた数学教師──「ホッジ先生」の記録があった。先生は「音」と「形」の関係を探っていたという。「たとえば、全然違う形をした器も、特定の周波数で震える。響きが等しいということは、奥底の構造が似ているということだ」少年は、ひらめいた。それは、まるで遠く離れた人と人が、「心が通じる」と感じる瞬間と同じじゃないか。違う見た目。違う言葉。でも、響きは重なる。──この世界は、表面的にはバラバラに見える。でも、もっと深い次元では、“響き”によってつながっている。それが、「この世の構造」。そして、ホッジ予想が目指す場所なのだ。


第八章:響きのノート

 その日から、少年は演奏の記録を「響きのノート」に書き始めた。自分の音と、返ってきた音。似たような気持ちを話してくれた人。まるで音と音の間に、見えない線が浮かび上がってくるようだった。ノートの最後に、こう書いた。「世界には無数の形があるけれど、音を通して、それらが同じ構造を持つことがある。それは、世界の深いところで“同じ意味”が響いているということだ」


エピローグ:ホッジ予想は、まだ解かれていない。

 でも少年は、知ってしまった。それは、「世界はつながっている」という事実。そして、自分の“音”が、誰かの心を震わせるとき、そこにこそ、この世の謎の「裂け目」があるということ。もしかすると、ホッジ予想が解かれるとき、数学の言葉ではなく、ひとりの少年の“音”が、鍵になるのかもしれない。


「ホッジ予想」(了)


あとがき


 「NHK 笑わない数学 スペシャル ホッジ予想」を見た。こういう番組が好きだ。思いもしなかったことを教えてくれる。数学の知識がないものにも分かるように説明してくれる。でも「今までは面白かった」で終わりだった。ところがAIのおかげで、わからないことを突っ込んで聞くことができる。


 僕は物語を紡ぐことで「自分がどんな形をしているのか知ろう」としている。それが「ホッジ予想」でいうところののモチーフの存在をみつけようとすることに重なった。それこそこの世の謎を解き明かすことに他ならない。


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