2025/1/10
映画『アナログ』を観ての雑感
2023年の映画『アナログ』を観た。喫茶店「ピアノ」には大きなJBLのスピーカーが置かれ、落ち着いた雰囲気が漂う。寡黙なマスターが静かに客を見守るこの場所で、ニノとハルは出会い、毎週木曜日に会うことを約束する。二人は一緒に食事をし、蕎麦を打ち、海を見に行く──そんな何気ない日々が丁寧に描かれている。(以下ネタバレあり)
原作はビートたけし。
オープニングは、ニノの雑然とした部屋から始まる。部屋に置かれた一つひとつの物が、彼の人柄をさりげなく表現している。喫茶店「ピアノ」の内装にもこだわりが感じられ、物語全体の雰囲気づくりに一役買っている。
物語は、美しくも悲しい。ありふれたストーリーかもしれないが、ニノとハルがこの役に挑んだ理由は、悲しい出来事に直面したときの繊細な感情や表情を描くことだったのだろうか。
真面目な青年・ニノは、病気の母を看病するが、やがて母は亡くなる。そして、ようやく出会った恋人・ハルも、プロポーズの日に事故に遭い、植物状態となる。ニノはその事実を知らないまま1年が過ぎ、親友が偶然ハルのことを知り、ニノに伝える。ニノは母にも恋人にも静かに寄り添いながら生きようとする。
物語に明確な結末はなく、ハルにわずかな回復の兆しが見えるところで終わる。
書評では「携帯を持たないため、“毎週木曜日にこの場所で会おう”と約束する二人の人生は輝き始める」とあるが、私は違った印象を受けた。
タイトルの『アナログ』は、携帯を持たないハルを指しているのかもしれない。しかし、物語全体を通して、その設定とタイトルの結びつきは弱く感じた。海辺で糸電話を使う場面でニノが「あなたと電話で話したかったから」と言うが、それはどこか取って付けたように思えた。携帯を持たない設定がなくても、二人の関係は変わらなかっただろう。この設定とタイトルが物語の本質を曇らせているように思えた。
それでも、この映画は素敵だった。だからこそ、言いたいことがある。
ニノの生真面目さ、ハルの儚げで謎めいた存在感──二人の出会いと繋がろうとする思いが、この映画のすべてだった。あえて悲劇を挟み、切なさを増幅させ、最後にわずかな希望を差し出す構成が、どこか陳腐に感じた。そんな仕掛けがなくても、出会った二人がただ自然に繋がっていく様子だけで十分だった。
物語の中で二人には名前があるが、「彼」と「彼女」と呼んだ方がしっくりくる。登場人物も風景も、どこか記号のように感じられた。
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考察
映画『アナログ』は「出会いと繋がろうとする思い」を描いた作品だ。あえて悲劇を挟み、最後に希望を差し出す──しかし、そんな仕掛けがなくても、二人が自然に結ばれていく様子だけで十分だった。むしろ、転結部分が陳腐に感じられた。
では、どう描けばよかったのだろう。
不器用な二人の切なくも心温まるやり取り。結婚を決意する彼、過去の傷で躊躇う彼女。仕事ですれ違う二人。
ここに、事故のような大きな事件ではなく、日常の中で生まれるささやかな試練や出来事が適しているのではないか。そこでこんなエピソードを考えた。
エピソード1:喫茶店の常連客
喫茶店「ピアノ」の常連の年配客が「もうここへ来られなくなるかもしれない」と呟く。後日、その席が空席のままになり、ハルは「もう会えないのかもしれない」と寂しそうに言う。それをきっかけに、ニノはハルとの時間をもっと大切にしようとする。
エピソード2:季節限定の展示会
ニノのデザイン事務所が関わる展示会にハルを招待できず、すれ違いが生じる。ハルは偶然展示を訪れ、ニノの作品に自分への想いが込められていると気づく。
エピソード3:小さなすれ違いと再確認
木曜日にハルが現れず、ニノはただ待つしかない。後日、ハルが体調を崩していたことを知り、ニノは「もっと気にかければよかった」と自分を責める。
エピソード4:古い手紙の発見
喫茶店「ピアノ」のマスターが、古い本から手紙を見つける。内容は「君も誰かを想ってここにいるのだろう」というもの。ニノとハルはその手紙に自分たちを重ねる。
エピソード5:糸電話の再登場
海辺で使った糸電話を再び取り出し、遠くから「聞こえる?」と話しかけ合う二人。実際には音は聞こえないが、心が繋がっていることを確かめ合う。
これらの出来事は、事故のような大きな事件ではないが、二人の関係に自然な波紋を広げ、より強固にしていく。ささやかだけれど、確かな出来事が二人の関係を深める、そんな物語が描けたら素敵だと思う。
過激に語る必要はないと思うのだ。日常の中の小さな出来事が二人の結びつきを強めるその方がいい。
原作者が北野武氏であることから、物語は、あまりにも彼らしくない感じで展開し、大きな事故を起こすことで彼らしさが現れたということかもしれない。
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