2023/5/8
「銀の滴ふるふるまわりに・瀬下洋子銅版画集」が届いた。
本書は、「銀の滴ふるふるまわりに」という知里幸恵編訳の「アイヌ神謡集」に、著者である瀬下洋子さんの銅版画17点を取り合わせ、手製本工房O塾の折金紀男さんが製本を手掛けたものだ。春に友人の陶芸展で出会い、求めたところこれから作ると伺った。急がなくてもいいと言いながら、待ちわびていた本だった。
本書には丁寧な挨拶状が添えられ、「この絵がなぜこの項にあるのか、そこを読む方がご自身の感性で解釈することで、お話と読む方と絵の作者の共演になる」と書かれていた。
本を手にして
珈琲を淹れて窓際の椅子に座り本を手にする。白っぽい表紙には大胆な筆致で「Sirokanipe Ranran Piskan/シロカニペ ランラン ピㇱカン」と書かれている。アイヌ語で「銀の滴ふるふるまわりに」ということらしい。不思議な魅力を持った言葉だけれど意味はわからない。無造作に描かれた文字は銅版画だろうか拓本のようにも見える。良く見ると白く感じた表紙は淡い色合いがある。それはうっすらと入った筋が作った影だった。
丁寧に製本された本はB5サイズ、33ページと項数は少ないが重さといい手触りといい手に馴染む。どうすればこんなにピシッと仕上げられるのだろう。新しい硬表紙の本は開きにくいものだが、本書はスッと開いた。
本を手にするといつもの癖で匂いを嗅いだ。古びた臭いも、新しい糊の臭いもしない透明な感じがする。それは、これから読もうとするこの本そのものを語っているようにも思える。本の作りを味わいながら、ゆっくり読み始めると、不思議な言葉遣いの物語と、輪郭を持たない私には描けない世界が広がっていた。
物語を読み終えて
物語の要約と絵のイメージ。
最初の絵 絵:大きな木
物語:歌いながら飛ぶ神の鳥 絵:星と月と生き物と 2p
物語:金持ちの子供が矢を射る 絵:窓の外を風が吹き抜け 4p
物語:貧乏人の子供が矢を射る 絵:葉っぱが鳴った 6p
物語:地に舞い降りる神の鳥 絵:夜の海に月が登る 8p
物語:貧乏人の子供が家に連れ帰る 絵:波と星と月と 10p
物語:神として崇め敬う家族 絵:家に灯りが灯り 12p
物語:家を宝で満たす神の鳥 絵:明るい四つの窓 14p
物語:家の中に溢れる宝物 絵:浜に打ち寄せる波 16p
物語:感謝する家族 絵:岩に打ちつける波 18p
物語:イナウを作ってもてなす家族 絵:静かに芽を出す植物 20p
物語:金持ち達を招待する 絵:窓から灯りが溢れ 22p
物語:驚く金持ち達 絵:雲が晴れて月が出る 24p
物語:和解の祭 絵:月が溶け窓が溶ける 26p
物語:家へ戻る神の鳥 絵:花が咲き 28p
物語:見守る神 絵:花が広がる 30p
添えられた銅版画の実物「砂塵」 絵:夜の海に月が登る
昔の貧乏人がお金持ちに、昔のお金持ちが貧乏人になっている。お金持ちになった子供は、貧乏人になった子供を馬鹿にしているけれど、貧乏人になった子供は毅然としている。そんな登場人物たちから「奢れるものは久しからず」というイメージが湧いた。でも純粋に喜んでいる神様を見ていると、奢る者も慎む者もさしたる違いはなく、喜びが一番といっているようだ。
「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに。」とは神の鳥ふくろうが歌う歌だった。そしてこの歌こそフクロウの鳴き声のように思える。イナウはアイヌの祭具のひとつで、カムイ(神)や先祖の霊と人間の間を取り持つ供物のことらしい。そうした聞きなれない言葉や不思議な語り口が、鳥になって空から眺めているような気持ちにさせてくれる。そうか、この物語は神の目で見た世界だ。
銅版画も神の目で見た世界に思えてくる。最後のページに実物の銅版画が一枚添えられている。それは一番気に入った絵だった。原画は藍色と白で「夜の海に月が登る」という感じは強まり、「地に舞い降りる神の鳥」がそこにいるような気がした。でもその絵には「砂塵」と添え書きされており、作者が意図する姿を見とることはできなかったようだ。しかし、瀬下さんが描く輪郭を持たない世界は自由そのもの。物語と合わせてみることで湧き上がる景色に神の目で見る世界を垣間見せてもらったのかもしれない。
追記
「銀の滴ふるふるまわりに・瀬下洋子銅版画集」は折金さんがすでに「抽象とことばー『瀬下洋子銅版画集』」として思いを書き留められていた。改めて読み直して楽しませていただいた。そんな折金さんの書かれた「ラパンのひるね」にまつわる思いを綴った「思い出すのは」はここに書き綴った想いと対をなしている。そして瀬下さん、折金さんとの縁を結んでくださった友人に感謝したい。
瀬下さん折金さん硲さんありがとうございました。
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