2024/12/31
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喫茶店「1.9Lの魔法びん」の扉がかすかに鳴る。カラン、と小さな鈴の音が響いた。「いらっしゃいませ。」マスターが静かに言った。入ってきたのは、迷いのある眼差しをした青年、悠生だった。「今日はいつもより静かだな。」「そうだね。」マスターはカップに湯を注ぎながら答えた。「冬は、心が縮こまる季節だから。」悠生は窓際の席に座り、カップの縁を指でなぞった。その手元には、妙な紙片があった。そこには、奇妙な漢字が描かれていた。「これ、何て読むんだ?」悠生は紙片をマスターに差し出した。マスターはそれを見るなり、少し微笑んだ。「愛とも恋とも言えない文字だね。」「どういう意味?」「愛にも似ていて、恋にも似ている。でも、そのどちらとも決められない感情……君には心当たりはないかい?」悠生は黙り込んだ。
あの日、悠生は彩音と待ち合わせをしていた。彼女の笑顔を思い浮かべるだけで胸が高鳴るが、それが愛なのか恋なのか、わからなくなっていた。「彩音は僕にとって、何なんだろう?」彩音は明るくて、誰にでも優しい。だからこそ、特別になれない気がする。でも、彼女の声を聞くたびに心が波打つ。「それが愛に近い恋か、恋に近い愛か、君は知りたくなったんだろう?」マスターが静かに言った。「答えは、見つけるものじゃなくて、感じるものだよ。」悠生は紙片を見つめた。「あい」から「こい」までの音が繋がるように、自分の気持ちも移ろいながら輪郭を作っていく。今はその途中なのかもしれない。
その後、悠生は彩音に会った。「これ、見てくれない?」悠生は紙片を差し出した。彩音はそれを見て笑った。「面白い文字ね。」「愛とも恋とも言えないっていうんだ。」「へえ。でも、それでいいんじゃない?」彩音は悠生の手をそっと握った。「名前なんてなくても、気持ちは伝わるよ。」悠生は自分の心が静かにほどけていくのを感じた。マスターが言ったように、答えを見つけるよりも、今は感じることを大切にしよう。
それからも喫茶店「1.9Lの魔法びん」では、愛とも恋とも言えない物語が続いていく。カップに注がれるコーヒーの香りとともに、心の奥底に染み入るひとときが繰り返されるのだった。
「愛とも恋とも言えない」完
あとがき
これは学生だった頃、自伝的な物語を描いた時に思いついた文字だった。「俺の心 第3部 副題 あいつとおれの愛の物語」というタイトルで。タイトルの”愛”の字は”心”を”恋”に置き換えた造字で、当初”愛とも恋とも言えない”と読んだ。その後”愛なのか恋なのかわからない”と読むとしたが。最近は愛に近い恋か恋に近い愛かで
愛 あい
↑ いい
| うい
| えい
| おい
| かい
| きい
| くい
↓ けい
恋 こい
こんなふうに読むのもおもしろいかな。「けい」や「えい」などの中間音は、「恋愛」の移ろいや変化を表現する過程としておもしろそう。
それともいっそのこと
「あいうえおかきくけこい」
と読んで
副題「愛飢男書苦気恋」
とでもしようか。
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