君におくる俺の作ったうすっぺらな本
二十歳の君へ
彼女の左肩をチョンとつつく
彼女はびっくりして左を振り向く
俺は右側ですました顔をしている
彼女は俺の顔を覗く
俺はニヤリと笑う
彼女はやられたって顔をする
二十歳の誕生日おめでとう
田んぼ道を駆けていた女の子が、いつの間にか一人前の顔をしている。まだ少女みたいだなんて思っていると、急にきらりと大人の女性の輝きを見せる。君は一体、その瞳の奥で何を考えているんだ。なんて思っても、男の俺にわかるわけがない。そういえば俺が二十歳の時は何を考えていたっけ。
俺の二十歳の日記
思ったことを文章にできない歯痒さを感じながら、それでもいつか何か書ける、そう信じていた。今日俺は文才がないんだと悟った。わかるはずのない事でも一生懸命に考えて、何か一つぐらいは分かろうと思った。なんでもいいから確かなものを持って二十歳になりたかったのだ。でも何一つ確かなものを持たないまま二十歳になってしまった。青春という言葉をあまりに簡単に使いすぎるから、重みの抜けた言葉になってしまう。でもその青春というところにいたいし、今いるのだろうから、そこで何かを掴みたくて、彷徨っている。人を恋することのなんたるか。一人で慰める惨めな愚かしさ。映画のようにはいかない。
高野悦子の「二十歳の原点」を読んでいる。21歳になってしまった。二十歳で今までの自分に区切りをつけるつもりで、いろんなことを書いてみたけど。結局何の区切りもつかないまま20代になってしまった。二十歳とは一体なんだったんだろう。単なる社会の習慣的区切りに過ぎないのだが。まるで二十歳になったら今までの自分がころっと変わるような、何か魔法みたいな力で、変わってしまうような気でいた。
俺は焦っていた。二十歳という日を区切りに10代までの自分を清算したかった。そんなことできるわけないんだけど、新たな自分、理想とする自分を二十歳の日から作ろうと思ったのだ。ずいぶんあがいたけれど何もわからなかったし、変わらなかった。今わかることは、自分がちっともわからないということだけ。君ははこんなこと考えもしないかな。でも、大人の仲間入りをしたことだし、自分っていうのはこういう人間なんですよって、言えたらいいよね。
髭
なぜ髭を剃ったかって?そりゃあ決まってるじゃん。俺は好きな女の子ができたんだぜ。もしキスできる幸運があったとしたら、髭が伸びてたんじゃ彼女が可哀想でしょ。
ノートをペラペラ捲っていくと、こんな記述が出てくる。実際あの頃は髭を綺麗に剃っていた。皆がどうしたのと聞くので、あんな風に書いたけど。本当はちょっといたずらしてたら、右半分を剃ちゃって、みっともないので綺麗に剃ったのだった。元々髭を伸ばしている理由なんてあるわけじゃない。不精なので伸びてしまった程度のことだ。結局また伸ばし始めてしまった。痛くなかったかい?君は髭は嫌いかい?君が嫌いだからというんですぐに剃ってしまうかどうかはわからないが、なにぶん女性の意見が俺の髭を左右することは往往にしてあるみたい。ああそれから、女の子も髭が生えるんですね。
待つのもいいもんです
君はこの日を覚えているだろうか、たいそう待ちぼうけを食わせてしまった日だ。結局あの日は俺が遅れたせいで、ゆっくりできなくなってしまった。あれから俺は、そのことを大変後悔して、待ち合わせ前に待ち合わせ場所へゆくようになりました。そして隠れるのです、君が隠れているはずの俺を探してキョロキョロしているのを見たいのです。しかし、待つというのは、辛いものかと思ったけれど、来るはずの人を待つというのはいいものだと知りました。それに以前は、女性と会っている時何をしよう、何を話そうと気疲れしていたけど、今はそれも気にならなくなりました。というより、そういった気を使ったり、気にしなくても、君はそこにいてくれるような気がするから。
カモメのナップリン
彼の名前は”ナップリン”若いカモメだ。もう一人前だが、頭の中はどうかしている。ほとんどのカモメは餌探しに余念がないというのに、彼は飛ぶ事ことに熱中している。カモメにとって、空を飛ぶということは、魚が水の中を泳ぎ、獣が地を走ることのように特別のことではないのだが、彼にとっては、餌を探すよりも重大事だった。周りのカモメにとって、そんな彼はおかしな野郎だった。もし彼が他のカモメ同様に生きるなら、もっと餌を探すことだ。しかし考えてもみるがいい、生きるために餌を探す、そして餌を探すために生きる。そんな一生のどこに魅力があるだろう。
風が強い、海が荒れている。海岸の岩陰に2羽のカモメが寄り添っている。ナップリンと彼女だ。彼はどうしたらいいか迷っている。空を飛ぶことだけに熱中していた彼は、異性に接することに戸惑っていた。彼は、どこに行ったら美味しい魚がたくさん取れるかとか、どこへ行ったらもっと素敵だとか少しもわからないのだ。ただ翼を広げて潮風から彼女を守ってやることぐらいしかできない。
彼女は彼に何を求めているのだろう。優しさ?愛情?それとも冷たさ?いや何も求めていないかもしれない。ただ彼といたいだけ。ナップリンにはわからない。優しさとは何だろう。美味しい魚の居場所さえ知らない俺に、本当に彼女に優しくすることなんてできるのだろうか。自分の不甲斐なさを誤魔化すように遠くを見つめた。
好きなもの
ビートルズ・チャイコフスキー・キースジャレット・トマト・イチゴ・バナナ・山芋・天ぷら・鳥の唐揚げ・うどん・蕎麦・麺類・カレー・鰻・寿司・とにかく食い物全部・山・日の当たるポカポカとした草原で炊き出しの珈琲を啜りながら、口に溜まった豆粕を吐き捨て、パイプをくゆらせながら、寝ること・思いっきりしんどい山・雪・スキー・空・海・動物・お菓子・街をぶらぶらすること・まっすぐ出るしょんべん・臭くないおなら・糞をした瞬間・喫茶店でゆっくりとタバコを吸いながら何の心配もなく本を読むこと・下宿生活・・
えーと、色々なものが好きだ。ほとんどなんでも好きだ。あれ?一番好きなものが抜けている。これは困った、どうしよう。
ちなみに一番嫌いなのは、寝起きの瞬間。
とにかく二十歳おめでとう。
また美味い料理を食わせてくれ。珈琲ぐらいなら俺が淹れてやろう。
おわり
君に送る俺の作った薄っぺらな本
著作者:NAPLIN CHAKAMIRE
発行者:怪人案単多裸亜
発行所:大阪市北区万歳町
手書所:シルバーランドサファイアの間
製本所:穴蔵喫茶なっぷりん
発行日:昭和54年1月29日
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