交響詩篇1.9lの魔法びん 幕間
- Napple
- 3 日前
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2025/6/4

幕間:不協和音
1.9Lの魔法びんは、いつものように静かに時を保っていた。古びた柱時計が控えめに時を告げる。窓辺のドライフラワーがわずかに揺れ、洋酒瓶の底に残った琥珀色の影が、光の屈折でテーブルの上に奇妙な図形を描いていた。
そこにいた。
彼らは、風のように現れた。
■ 怪人案単多裸亜
最初に現れたのは、怪人案単多裸亜(あんたんたらあ)だった。ふいにドアが開き、「ただいま」とも「こんにちは」ともつかぬ声と共に、彼は中に入ってきた。
「なあ、きみたち。怒るって、まるで雪を食べて“水だ!”って怒る子供みたいじゃないか?」
場が凍りつくどころか、笑いが生まれた。誰もが一瞬、怒る理由を忘れ、なぜそこにいたのかさえ分からなくなったような顔をして、そして微笑んだ。彼はそれだけを言い残し、コートの裾をひるがえして、再び外へ消えた。
■ ワーランブール
次に現れたのは、ワーランブールだった。ディジュリドゥのような音が空間を震わせる。
店の奥、使われていないピアノの上に置かれたカリンバが一音、共鳴して鳴った。
誰も触れていないのに。誰も、音の出処を知らないのに。彼の存在は、どこか遠くの地の記憶のようだった。
「風が音を覚えているのだよ」と、誰かが言った気がした。
■ モシカモシカ
そして、モシカモシカが姿を見せた。それは、言葉になる前の予感だった。春菜がふと窓の外を見て、「あっ、鹿…じゃない、鴨?」と首をかしげた。
「あそこに、いるよ。ほら……ほら、もういない。」
誰も確認できなかったが、誰も否定しなかった。モシカモシカは、“もしかしたら”という名の訪問者。思いがまだ名を持たぬまま、形になる直前の存在。
「不協和音」は鳴った。それは、調和の破壊ではなく、調和の外側に生まれる“新しい秩序”の胎動。目を閉じると、赤ん坊が初めてこの世界に耳を澄ませるときのような、感覚のざわめきが聴こえる。美しい、とか、強い、とか、そういう言葉になる前のなにか。それが、R-logを呼び覚ました。
■ 無口な男
無口な男は、黙ってそれを見ていた。彼は何も言わない。ただ、そこにいて、珈琲を少しだけすすり、ふと視線を彩音に向ける。その眼差しは、まるで「聴こえているよ」と語っているようだった。
「幕間:不協和音」(了)
あとがき
誰もが知らずに、R-logに触れていた。言葉にならぬまま、心の奥で反応していた。まだ語られぬ物語が、確かに芽吹いている。そして今日も、1.9Lの魔法びんは、不協和音を含んだまま、美しい沈黙を保っている。
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