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赤の境界

  • 執筆者の写真: Napple
    Napple
  • 3月13日
  • 読了時間: 5分

2025/3/13



 1.9Lの魔法びん のカウンターには、マスターが新しく仕入れた深紅のカップが並んでいた。まるで熟れたリンゴの皮のように滑らかで、夕焼けの雲のように温かみのある色だった。


「このカップ、すごく綺麗な赤ですね」

彩音がそう言うと、隣の陽翔が頷いた。

「うん、ちょっと朱色っぽいけど、落ち着いた感じの赤だな」


そのとき、奥の席に座っていた 無口な男 が、ぽつりとつぶやいた。

「……それは、赤なのか?」


カウンターの向こうでマスターが静かに微笑んだ。

「面白い質問ですね。皆さん、今見ているこのカップ、本当に『同じ赤』に見えているんでしょうか?」


「赤」は一つじゃない


その言葉に、店の空気がふと張り詰めた。

「赤は赤でしょ?」と陽翔は言う。

「でも、人によって少し違って見えるかもしれないわね」 彩音は考え込む。


マスターは、いつものようにゆっくりと珈琲を淹れながら続けた。

「実は、最近の研究でね。人はみんな同じ『赤』を見ていると思いきや、実はそうじゃない可能性があることがわかったんです」


「えっ、どういうことですか?」


「例えば、この店にある100種類の赤色のものを見せて、どれが似ているかをみんなに聞くとする。すると、ある人は『この赤とこの赤は似てる』と言うし、別の人は違う赤を選ぶかもしれない。そうやって、人それぞれの『赤のマップ』を作るんです」


「ほう。それで?」 無口な男が興味を示した。


「数学を使って、そのマップ同士を比較するとね……ほとんどの人の『赤』は、構造的にはちゃんと対応が取れる。でも、色覚異常の人はそうじゃなかったんです。つまり、同じ『赤』を見ているつもりでも、全く違う世界を見ている可能性がある」


彩音はカップをじっと見つめた。

「じゃあ、私の赤と陽翔の赤は、似ているけど、同じではないかもしれない?」


「そういうことになりますね」


陽翔は少し混乱した様子だった。

「でも、それって結局、確かめようがないんじゃ……?」


「ええ。だからこそ、不思議なんです」 マスターはそう言って微笑んだ。

「あなたの世界の赤は、誰にも完全にはわからない。もしかしたら、私たちはみんな、違う世界に生きているのかもしれませんね」


赤の向こう側


そのとき、ワーランブール が、カウンターの奥でディジュリドゥを奏で始めた。低く、響くような音。


ふと、彩音の視界が揺らいだ。

──カップの赤が、変わった気がする。

──いや、店の内装の色が違う?

──陽翔の服の色が、少し違って見える……?


音が止まると、すべてが元に戻った。


「……今、何か変じゃなかった?」

彩音が呟くと、陽翔も驚いた顔をしていた。


「俺も思った! 服の色が、一瞬変わった気が……」


マスターは静かに言った。

「もしかすると、あなたたちは今、一瞬だけ『別の赤』を見たのかもしれませんね」


ディジュリドゥの音が、世界の境界を揺るがせたのだろうか?

もしかすると、「赤」の向こう側には、まだ誰も知らない世界が広がっているのかもしれない。


──「あなたの赤」と「私の赤」は、本当に同じなのか?

── それとも、私たちは違う世界に生きているのか?


静かな夜、1.9Lの魔法びん の時計が、カチリと時を刻んだ。



 

あとがき


 目で見たり耳で聞いたり、匂いや味、手触り、それら五感で感じるものはすべて日常的なことで、当人にとって当たり前で至極普通のことだ。しかし誰もが同じに感じているのだろうか。私に見えているものを他人も同じように見ているのだろうか。もっと具体的に言えば赤い色は私が思う赤と他人の見る赤は同じなのだろうか。形は同じような認識をしている可能性がある。しかし、色や音など周波数というか振動で伝わる情報は測定器で数値的に捉えれば特定できるだろうけれど、人それぞれの五感がとらえ認識した情報が同じであるとは限らない気がする。そしてそれは確かめようがない気がする。私と友人は同じものを見たり聞いたりしながら共感しあっていても、全く違う認識をしているのかもしれない。と思っていたら。なんと答えが見つかった。


この論文である。

Is my “red” your “red”?: Evaluating structural correspondences between color similarity judgments using unsupervised alignment

AIに解説してもらった。


 個人間での色の知覚、特に「赤」という色の知覚がどの程度一致しているかを探求しています。従来の研究では、同じ刺激に対して異なる人々が同じように反応することを前提としており、個人間の知覚の違いを十分に考慮していませんでした。


 本研究では、無監督の最適輸送法を用いて、個人間の色の類似性判断の構造的対応を評価しました。具体的には、色覚が正常な参加者と色覚異常の参加者から得られた大量の主観的な色の類似性判断データを分析しました。その結果、色覚が正常な参加者同士のクオリア構造は、類似性関係に基づいて「正しく」整合させることができました。一方、色覚異常の参加者のクオリア構造は、色覚が正常な参加者のものと整合させることができませんでした。これらの結果は、色覚が正常な人々の「赤」は他の色覚が正常な人々の「赤」と構造的に同等であるが、色覚異常の人々の「赤」は異なることを示唆しています。


 この研究は、感覚体験の主観的な構造を一般的に探求するための新しい方法論を提供しており、視覚以外の感覚モダリティにも適用可能です。


 クオリア(qualia)とは、「私たちが主観的に感じる感覚の質」のことを指す哲学的な概念です。例えば、「赤いバラを見たときに感じる赤さ」や「痛みの感覚」、「コーヒーの苦さ」など、私たちが直接経験する意識の内容を指します。


 AIの登場で論文の内容を知ることができる時代が来た。わからなければ分かるまで説明を求めることができる。そうしてとことんわかりやすく説明してもらったことを物語にした。


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