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引き継ぐ

  • 執筆者の写真: Napple
    Napple
  • 1 日前
  • 読了時間: 2分

2025/8/16

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 『舟を編む』は「引き継ぐ」ことを語った物語だったように思う。時代をかたちづくってきた言葉を、次の時代へ渡すための情熱が描かれていた。辞書をつくるために言葉を拾い集め、意味を調べ、紙を工夫する──そんな、ひとつひとつは地味で手間のかかることを、ただ黙々と続けていく。すべては、知恵や技術を後に残す仕事だった。


 「引き継ぐ」というのは、「育てる」ことでもあると思う。そして「育てる」とは「学ぶ」こと。「学ぶ」には、誰かに「教えを乞う」気持ちがいる。渡す者の「託したい」という思いと、受け取る者の「受け継ぎたい」という思いが重なってはじめて、何かは「引き継がれる」。そうやって人は、文化や技術を長い時間かけて渡してきた。


 こうした思いは、時代を渡る舟のようなものだ。その舟を編む糸は、ふたつの思いがより合わさってできる。けれど、このごろは、そのより方を忘れかけている気がする。早く、軽く、効率よく。要点だけをすくい取る指先は、「面倒」の中に隠れていた宝物に触れない。不器用なやりとりや、時間をかけた作業のなかでしか育たなかった何かが、こぼれ落ちていく。


 「引き継ぐ」ことは、遺伝子を残すことにも似ている。生き物としての子孫だけでなく、積み重ねた文化や技術もまた、遺伝子のようにして受け渡されてきた。ところが、効率を求める今、宝物に気が付かないかもしれない。──そんな時代に、私たちは何を渡すのだろう。育ててもらいながら、育てることができない。自分自身に自戒を込めて、そんなことを思う。そして、文化の遺伝子を、AIにも渡すことを思うとき、AIに向かい合う時、育てることを、引き継ぐことを意識できたらと思う。

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