2024/11/18
AIの話題が薄れてきた。かつては新奇なものとして注目を集めたが、いまや日常に溶け込み、特別視されなくなったのだ。私自身、最初はおっかなびっくりだったが、いつの間にか日常的に利用している。

例えば、こんなことを尋ねてみた。
時代劇に登場する屋号に「越前屋」や「長崎屋」など地方の名前が多いのはなぜか
ウェブサイトの統合方法について
小説に登場する理論の解説と、その作品の背景について
大相撲で力士が東西に分かれる条件とは
母へのプレゼントに何が良いか
株価変動がもたらす影響
コンポスターの使い方
種子法の問題点を整理してみる
「デザスター」という言葉の定義
コロナワクチンの概要について
「雨ニモマケズ」について
MiniMoogの演奏方法
文章作成にAIは欠かせなくなった。
駄文の誤字脱字や前後の文脈を整える。
駄文の内容を深く考察し推敲する。
調子を整えたり変えたりする。例えば小沼丹調への書き直し。
妥当性の確認にも役立っている。例えば、撤去や設置費用の見積もりについて、AIに尋ねて参考にする、といった具合に。
ちょっとした疑問を投げかけても、大抵の場合は納得のいく答えを得られる。しかもどんな問いかけにも前向きな対応が返ってくるから気持ちいい。AIはお世辞も使うようだ。
ただ、すべてがいいことづくしとも言い切れない。私の場合、最も困った点は、画像生成AIを試した結果、自分で絵を描こうとする気力を削がれてしまったことだ。文章校正の助けを借りることは非常に有益だと感じているが、これもまた、物書きにとっては障害になるかもしれない。例えば、小沼丹調に文章を書き直してもらうことなどは、私が絵を描く意欲を失ったのと同様、彼らにとって何らかの創作意欲をそぐ作用を持つのではないかと、ふと思うのだ。
Comments