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音のない会話

  • 執筆者の写真: Napple
    Napple
  • 5 日前
  • 読了時間: 2分

2025/4/19



 静かな部屋だった。窓の外で鳥が鳴いていたかもしれないが、それさえも記憶には残っていない。ただ、そこに沈黙があった。言葉がなかった。いや、言葉にできない何かが、あったのだと思う。


 信頼というのは、案外静かなものかもしれない。互いにしゃべらなくても、安心していられる。そんな関係が、かつて確かにあった気がする。肩肘を張らず、黙ってお茶を飲むことができる相手。そういう相手は、人生の中でそう何人も出会うものではない。


 けれど、沈黙にはもうひとつの顔がある。気まずさ。ほんの些細なすれ違いが、何かを遮ったように会話を止める。言葉にしたくても、言えば何かが壊れてしまいそうで、言えない。どうにかしたいと願いながら、黙ってしまう。その時間が長くなるほど、言葉はどんどん出にくくなる。まるで重くなった蓋のようだ。


 そういう時間は、一生のうちにそう何度も訪れるものではない。でも、確かにある。そういうとき、私は湖の底にいるような心地がする。水の中にいて、手を伸ばしても相手に届かない。けれど、目は合っている。おそらく、相手も同じことを思っているのだ。


 沈黙の中に宿るものは、時に言葉より多くを語る。心を伝えるのは、話すことばかりではない。だが、沈黙には光も影もあって、どちらに向かうかは、その時の風まかせなのかもしれない。

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