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量子基準系の物語

  • 執筆者の写真: Napple
    Napple
  • 3月26日
  • 読了時間: 3分

2025/3/26




「ワーランブールの視点」


1. 目覚め


少年は暗闇の中で目を覚ました。自分が誰なのかも、どこにいるのかもわからない。ただ、自分の周囲にぼんやりとした光の粒が漂っているのが見えた。光は、音のように揺らめきながら変化している。


「お前はどこから来た?」


不意に声がした。振り返ると、そこには青白い影のような男が立っていた。男は少年を見つめ、問いを繰り返した。


「お前の基準はどこにある?」


少年は答えられなかった。基準とは何だろう? ここがどこかもわからないのに。


「ならば、お前はお前自身を観測できているのか?」


男の言葉が、不思議な響きを持って少年の頭に入り込んだ。


2. 重ね合わせの街


少年が立っていたのは、不思議な街だった。すべてがぼんやりと二重に見える。遠くの時計塔が、違う時を刻んでいるようにずれて揺れていた。道行く人々も、同じ顔をした別の誰かと重なり合っている。


「ここは『ワーランブール』。基準によって世界が変わる場所だ」


さっきの男が再び現れた。


「お前は今、重ね合わせの中にいる。どの基準から見てもいいが、どの基準を選ぶかで見えるものが変わる」


少年は自分の手を見た。手の輪郭が揺れ、何通りもの形に変わっていく。まるで、自分が「確定していない」ようだった。


「……僕は誰?」


「それはお前が決めることだ。だが、気をつけろ。誰かが見ることで、お前の状態は決まる」


3. 量子もつれの門


少年は街を彷徨いながら、やがて奇妙な門にたどり着いた。門の向こうには、光が渦を巻いている。


「この門を通れば、お前は『観測』される」


男の声がした。


「お前がどの世界にいるか、確定する。それでいいのか?」


少年は迷った。ここでは自分は自由だった。だが、自分が「確定していない」ことが不安でもあった。


「もし、僕が誰かに観測されたら?」


「その瞬間、お前は一つの存在になる。しかし、同時に別の可能性を失う」


「でも……僕が何者かを知るには、それしかないんだろう?」


男は静かに頷いた。


4. 収束


少年は門をくぐった。


光が弾ける。音が響く。


そして——彼は「彼」になった。


街の揺らぎが消え、時計塔は一つの時間を刻み始めた。彼の手も、もうぶれることなく、確かにそこにあった。


「これで、お前はお前になった」


男の声は、もうどこからか聞こえてくることはなかった。


しかし少年は知っていた。どこか別の基準系では、今もなお、彼は重ね合わせの中に存在し続けていることを。


ワーランブールは静かに見守っていた。



「量子基準系の物語」了

 

あとがき


 「量子物理学におけるパラドックス」に、観測者自身が量子重ね合わせ状態にある場合、異なる観測者の視点でどう見えるのかという問題がある。つまり「観測の客観性とは何か?」ということだ。量子基準系の考えでは、観測者の立場によって量子現象の解釈が変わりうることを示唆している・・・これを知った時、「独自性」とは一体何だろうという疑問に行き当たった。


 ということは・・・独自性とは何だろう。私はこういうものと思っていても、観測者によって変わってしまうなら、独自性などないに等しい気がする。


 もし「独自性」が、自分だけの固定された何かだとしたら、観測者によって変わる時点で、それは確かなものではなくなってしまう。でも、だからといって「独自性がない」と言い切れるのかも、また別の問題かもしれない。


 例えば、量子の状態は観測されるまで確定しないけれど、それでも「可能性の重ね合わせ」として存在している。その状態を「独自性の一部」と捉えるとした場合、つまり、「自分とはこういうものだ」と思っている自分も、「誰かにこう見られている自分」も、どちらも独自性の一部として共存しているのかもしれない。


 確定しないからこそ、可能性が広がる。変わるからこそ、自由がある。もし独自性が「固定されたもの」ではなく、「変わり続けるもの」だとしたら——それは、それで面白いかもしれない。

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