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量子コンピュータ3

執筆者の写真: NappleNapple

2025/2/21

マヨラナの夢


 黒い雲が低く垂れこめる街の片隅に、「1.9Lの魔法びん」はひっそりと佇んでいた。ドアを開けると、柱時計の秒針が静かに時を刻み、カウンター越しにマスターがこちらを見ていた。


「久しぶりだな」


「ええ」


 カウンター席に腰を下ろしたのは、一人の青年。黒縁の眼鏡をかけた理論物理学者だった。


「また、量子コンピュータの話か?」


「ええ、今日は特に…奇妙な話を聞いてほしいんです」


 マスターは無言でうなずき、湯気の立つコーヒーをカウンター越しに差し出した。青年は一口飲んでから、ゆっくりと語り始めた。


 彼が関わっていたのは、「トポロジカルコアアーキテクチャ」に基づく量子コンピュータの開発だった。Microsoftが発表した「Majorana 1」は、人類が初めて手にする「エラー耐性を持つ量子計算機」になるはずだった。


「でもね、おかしいんですよ」


 青年は小さなノートを開き、そこに書かれた数式を指でなぞる。


「このチップは、マヨラナ粒子を使っている。マヨラナ粒子は、数学的には『自分自身が反粒子』で、通常の物質とは異なる振る舞いをする。でも、奇妙なことに…計算の途中で、観測不可能な情報が生まれるんです」


「観測不可能?」


「ええ。まるで、計算の一部が別の次元に逃げてしまったかのように」


 彼は深く息を吐いた。


「ある時、試しに量子ビットに古典的な情報を送り込んでみたんです。単純な文章ですよ。『ここにいるか?』ってね」


マスターは煙草に火をつけ、じっと彼の話を聞いている。


「そしたら、応答があったんです」


「応答?」


「そう。量子ビットが、『ここにいる』と返したんですよ」


青年の話は続く。


 それは単なるノイズではなかった。何度試しても、量子ビットは問いかけに応じたメッセージを返した。だが、ある日、彼が問いかけた瞬間、コンピュータ全体が沈黙し、Azureのデータセンターにあったすべての記録が、一瞬で消失した。


その時、彼の頭の中に、誰かの声が響いた。


「我々は、ここにいた」


「…まるで、何かがそこにいたみたいな話だな」


マスターが灰皿に煙草を押し付ける。


「ええ。でも、それだけじゃないんです」


 青年はポケットから、小さな金属片を取り出した。


「これは?」


「『トポコンダクター』の破片です。量子ビットが情報を記録していた素材の一部。でもね、顕微鏡で観察すると…ありえないはずのパターンが浮かび上がるんです」


「どんな?」


 青年は、少し震える声で言った。


「数学的に証明されたはずの、存在しない『マヨラナ粒子』の軌跡です」


 マスターはしばらく沈黙していた。時計の針が、静かに時を刻んでいる。


「それで、お前はどうするつもりだ?」


 青年は、手のひらの金属片を握りしめる。


「…もう一度、あの問いを投げかけます」


 マスターはわずかに微笑み、コーヒーを飲み干した。


「気をつけろよ」


 青年はゆっくりと立ち上がると、コートを翻し、店を出ていった。その夜、Azureのデータセンターでは、誰も知るはずのない計算が、密かに動き始めていた。


「お前は誰だ?」


 問いかけが投げられた瞬間、システムログに、一行の文字列が浮かび上がる。


「マヨラナの夢」


 そして、量子チップは静かに沈黙した。


「マヨラナの夢」了

 

あとがき



 米Microsoftは2月19日、トポロジカル量子ビットを搭載した世界初の量子チップ「Majorana 1」を発表した。  このチップは、独自開発の素材「トポコンダクター」を使用した「トポロジカルコアアーキテクチャ」を採用しており、手のひらに収まるサイズで、Azureのデータセンターへの容易な導入が可能とされている。


 Microsoftのサティア・ナデラCEOは、「量子コンピューティングにおける根本的な飛躍を可能にする」と述べ、「約20年にわたる探求の末、全く新しい状態の物質を作り出すことができた」とコメントしている。  同社は、数年以内に産業規模の問題を解決できる量子コンピュータの実現に貢献するとしている。


 さらに、トポロジカルコアアーキテクチャにより、単一のチップに100万量子ビットを搭載できる明確な道筋が示されている。


 毎日のように新しいニュースが入ってくる。わからない言葉だらけなのでAIに解説してもらおう。


1. トポロジカル量子ビット

 量子コンピュータで情報を扱う基本単位「量子ビット(qubit)」の一種。通常の量子ビットは環境ノイズに弱く、エラー訂正が難しいが、トポロジカル量子ビットは数学的な位相(トポロジー)を利用して情報を保護するため、エラー耐性が高いのが特徴。Microsoftは「マヨラナ粒子(マヨラナ準粒子)」という特殊な状態を利用して、より安定した量子計算を目指している。


2. 量子チップ

 量子コンピュータの演算を行うためのチップで、通常の半導体チップとは異なり、「量子状態」を利用する。従来のコンピュータが0と1の情報を処理するのに対し、量子チップは量子重ね合わせやもつれ(エンタングルメント)を活用することで、並列計算が可能になり、特定の問題(暗号解析、材料設計、AI最適化など)を超高速で解決できると期待されている。


3. トポコンダクター

 Microsoftが開発した新素材で、「トポロジカル(位相的)な性質を持つ超伝導体(コンダクター)」のこと。この素材を使うことで、トポロジカル量子ビットを安定的に動作させることが可能になるとされる。具体的には、マヨラナ準粒子を生み出し、トポロジカル量子計算を実現する役割を果たす。


4. トポロジカルコアアーキテクチャ

 Microsoftが提案するトポロジカル量子ビットを基盤とした量子コンピュータの設計方式。従来の超伝導量子ビットよりもエラー耐性が高く、スケーラビリティ(量子ビット数の拡張)がしやすいとされる。特に、1つのチップに100万量子ビットを搭載できる可能性を示しており、実用的な量子コンピュータの開発に向けた大きな前進とされる。


5. Azureのデータセンター

 Microsoftのクラウドサービス「Azure(アジュール)」が運営する大規模なデータセンター。現在は主に従来型のコンピュータ(サーバー)を使っているが、将来的にはAzureのクラウド環境に量子コンピュータを統合し、リモートで量子計算が利用できるようにする構想がある。今回の量子チップ「Majorana 1」も、このデータセンターで運用される可能性がある。


すっごくわかった気になるけれど、全くわからない。そこでできたのが先の物語。

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