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量子コンピューター

執筆者の写真: NappleNapple

2025/2/16

 白熱電球の灯る店内に、いつもの顔ぶれが集まっていた。夜の冷え込みが増す中、みんなそれぞれに珈琲を前にしている。カウンターでは、マスターが静かにネルドリップをしていた。窓際の席では、律人がスマホを眺めながら「光量子コンピューター」のニュースを読んでいる。向かいには陽翔、その隣には彩音、そして奥の席には蒼真と凪紗もいた。


「量子コンピューターって、何がすごいんだ?」

陽翔が腕を組んで言うと、律人がスマホを置いて言った。


「普通のコンピューターとは全然違う仕組みで動いてるんだ。例えば、1つのデータが『0』にも『1』にもなれるって話、知ってる?」


「それってどういうこと?」

彩音が首を傾げた。


律人はマスターの横に置かれた魔法瓶を指差した。

「たとえば、この魔法瓶の中にコーヒーがあるとしよう。でも、フタを開けるまでは『入ってるかもしれないし、入ってないかもしれない』状態だよな?」


「いや、さすがにそれは……」

蒼真が苦笑する。


「でも、量子の世界では、本当にそうなんだ。『コーヒーがある状態』と『ない状態』が同時に存在する。これが量子の重ね合わせっていう性質だ」


「んー、でもさ、フタを開けたらどっちかになるんでしょ?」

凪紗がスプーンをくるくる回しながら言う。


「その通り。観測した瞬間に『0』か『1』のどちらかに決まる。でも、計算している間は両方の可能性を持ってるから、普通のコンピューターよりも並列にたくさんの計算ができるんだ」


陽翔は腕を組んだまま、「つまり?」という顔をしている。


「例えば、鍵の番号を探すとする。普通のコンピューターは『0000』から『9999』まで、一つずつ試していくよな?」


「まあ、そうだな」


「でも、量子コンピューターなら、全ての番号を一度に試せるんだ」


彩音が驚いた顔をした。「そんなこと、どうやって?」


律人はカウンターに置かれたナプキンを取り、マスターにペンを借りた。

「普通のコンピューターは、こうやって1行ずつ『0』か『1』を書き込む。でも、量子ビットは全部の行を同時に埋められるんだよ」


「うーん、ちょっとは分かってきたかも……」

蒼真が腕を組んで考え込む。


そのとき、マスターがぼそりと呟いた。

「お前さんの話だと、そいつは壁もすり抜けるらしいな?」


律人が目を輝かせた。「おっ、マスター、いいところに気づいたね!」


「量子には『トンネル効果』っていう性質があって、普通なら越えられない壁をすり抜けられるんだ」


「壁をすり抜ける? 幽霊じゃあるまいし」

陽翔が笑う。


「たとえば、この店のドアが鍵付きだったとして、普通は開けないと入れないよな?」


「そりゃそうだ」


「でも、量子の世界では、『鍵を開けなくても店の中に入れる確率』がゼロじゃないんだ」


「……え?」


 律人はナプキンの裏に線を引いた。「たとえば、道を進んでたら大きな壁があったとする。普通の人は壁を登るか、迂回するしかない。でも、量子は波の性質を持っているから、一定の確率で壁の向こう側にワープすることができる」


「マジか……」陽翔はぽかんとした顔になった。


「だから、計算上の難しい問題でも、量子コンピューターなら普通のコンピューターより近道ができるんだよ」


「つまり、普通のコンピューターは『コツコツ試す』タイプ、量子コンピューターは『裏道を見つけて瞬間移動する』タイプってこと?」

凪紗が目を輝かせる。


「そう! それが量子コンピューターの強みだ」


 蒼真が珈琲を一口飲んで、「でもさ、それってちゃんと制御できるの?」と聞いた。


 律人は少し表情を曇らせた。「そこが問題なんだ。量子の状態はすごく不安定で、ちょっとしたノイズで壊れちゃう。でも、今回のニュースでは、光を使った量子コンピューターで、1000倍も速く量子もつれを作れるようになったって話なんだ」


「光を使うと何がいいの?」


「光なら、普通の量子コンピューターみたいに極低温にしなくても動くし、情報の伝達も速い。それに、今回の技術ならノイズを抑えて量子状態をうまく検出できるらしい」


「なるほどねぇ……。量子コンピューターが本当に実用化されたら、世界は変わりそうだな」


 律人は頷いた。「例えば、新しい薬の発見や交通の最適化、超高速通信とか、いろんな分野に応用できるはずだよ」


マスターは黙って話を聞いていたが、ふと珈琲カップを手に取った。

「なるほど……だが、結局のところ、人間は『観測』しないと何も分からんってことか」


 律人は一瞬考え、それから笑った。「そうだね。どれだけ量子がすごくても、人間がフタを開けなきゃ、コーヒーがあるかどうかも分からないってことだ」


マスターは「そうか」と呟き、カウンターの魔法瓶のフタをそっと開けた。

中には、湯気の立つ珈琲がたっぷりと入っていた。


「さて、どちらにせよ、コーヒーを飲まなきゃ意味がないな」


「……だね」


常連たちは、笑いながらカップを手に取った。



「量子コンピューター」了

 

あとがき


 東京大学のアサバナント・ワリット助教と古沢明教授らはNTTなどと共同で、光を使う量子コンピューターを高性能化する技術を開発した。量子コンピューターの計算に使う「量子もつれ」という状態を従来の1000倍以上速く作れるようになった。装置の大規模化や計算の高速化につながる可能性がある。というニュースを見て。そもそも量子コンピューターについて調べてみた。


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