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美の物語5美と時間・しずくの時計

  • 執筆者の写真: Napple
    Napple
  • 8 時間前
  • 読了時間: 2分

2025/4/5



 その町には、時計がひとつもなかった。正確に時を告げるものはなく、朝は鳥の声で、夜は空の匂いで暮れていく。けれど広場の真ん中に、ひとつだけ時計のようなものがあった。それは、雫が落ちる「しずくの時計」。石の柱の上に置かれた透明な壺から、一滴、また一滴と、水が滴り落ちる。町の人々はその音を「とても美しい」と言った。なぜなら、その雫は“同じ速さで落ちない”からだった。



 ある日、旅の学者がこの町にやってきて言った。


「これは時計ではない。時を測れない。役に立たない」


 けれど町の老婆が微笑んで言う。


「この時計は“感じる時”を刻むんだよ。悲しいときにはゆっくり、嬉しいときには早く聴こえるだろう?」


 学者は驚く。


「それでは時間は人によって違ってしまう」


 老婆は笑う。


「あんたが言う“正しい時間”は、いつも誰かを急がせる。でもこの時計は、“心が美しいと感じる時間”を教えてくれるんだよ」



 その夜、学者は広場にひとり座って雫の音を聴く。ゆっくりと、しかし確かに、透明な時が流れていた。


 ふと、幼い頃の記憶がよみがえる。雨の日、祖母と一緒に縁側で聴いた雨の音。沈黙と音とのあいだに漂う、あのかけがえのない時間。


「あれは、音ではなく…“間”だったのかもしれない」

「そしてその間にこそ、美しさは宿るのかもしれない」



「美と時間 ・しずくの時計」了

 

あとがき


 美しいものに出会うとき、いつも“時間が止まった”ように感じる。逆に、美しくない時間とは、「急かされている時間」「使い果たされる時間」。美とは、時間のなかに現れる“いっときの永遠”なのかもしれない。美に迫る物語第五弾。

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