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気持 第2話

  • 執筆者の写真: Napple
    Napple
  • 1 日前
  • 読了時間: 2分

2025/5/15



句会の記憶


 葉月は句会に顔を出したことがある。もう十年以上も前のことだ。あの頃はまだ、毎日の暮らしの端々で「込み上げてくるもの」がたくさんあった。そうした胸の奥にしまいこんだものが、押し出されるように句になった。誰に見せるつもりもなく、ただノートの隅に書きとめていたそれを、ある日ふと、「外に出してみようか」と思った。


 町の文化センターの掲示板に貼られていた、月例句会の案内。知らない人たちの輪に入るのは苦手だったが、短冊に書いた三句を封筒に入れ、手の中に持って出かけた。


 和室には、落ち着いた雰囲気の人たちが十人ほど。どの顔も初対面だったが、不思議と張りつめた緊張はなかった。ただ、妙に自分の声だけが浮いて聞こえた。


 句は無記名で読み上げられ、参加者が感想を述べ合う。その中で、ひとつ、自分の句が選ばれた。


冬日和 声にせずとも 灯るもの


 しばらく沈黙があって、ふいに一人の女性が口を開いた。黒髪を後ろでまとめた、小柄な女性だった。


「わたし、これ、好きです。…言葉にしないやさしさ、って、あると思っていて」


 それだけだった。短くて、まっすぐな声。でも葉月は、その言葉で泣きそうになった。誰かに好かれるための句ではなかった。ただ、自分のなかの風景を、そのまま差し出しただけだったから。


 あれ以来、葉月は誰にも句を見せていない。けれど、自分のために、今でもときどき、句を詠む。「誰かの言葉が、こんなに深く沁みこむなんて」と、あのとき初めて知ったのだ。



「気持 第2話」(了)

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