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愛という名の粒子

  • 執筆者の写真: Napple
    Napple
  • 5 日前
  • 読了時間: 5分

更新日:5 日前

2025/3/28



——あの日、僕たちは愛の正体を知った。



「ねえ、知ってる?」

彼女はコーヒーカップを揺らしながら言った。


「量子ってね、観測されるまで決まった状態を持たないの」


「うん……まあ、なんとなく」

僕は頷く。彼女はこういう話をするのが好きだった。


「つまり、見ていない間は、粒子は『あるともないとも言えない』の」


「じゃあ、僕がこうして見ている間は?」


彼女は一瞬、目を伏せて、それから微笑んだ。


「……見ている間だけ、私はここにいるのよ」



僕と彼女は、決して確定しない関係だった。


会えば惹かれ合う。けれど、離れてしまえばそれぞれの軌道に戻る。恋人でもなく、友人とも違う。僕たちはまるで、ひとつの波の中にありながら、決して同じ位置には存在しない粒子のようだった。


それでも、彼女と一緒にいるときは不思議と安心できた。まるで、量子のもつれのように、僕たちは見えない力で結ばれていたのかもしれない。


「どれだけ離れても、つながってる気がする」


「うん、そうね。量子もつれみたいに」


彼女は笑って言ったけれど、僕はその言葉が少し怖かった。


なぜなら、もつれた量子は、一方の状態が決まると、もう片方も即座に決まってしまうからだ。


僕たちのどちらかが、この曖昧な関係に答えを出した瞬間、もう一方も答えを出さなければならない。それは——今の自由な状態が壊れることを意味していた。



「ねえ、あなたにとって、私は『波』?」


「それとも『粒子』?」


彼女はふいにそんなことを聞いた。


僕は答えられなかった。


波ならば、彼女はどこにでもいる。僕の中に広がる存在として、感じ続けることができる。

でも、粒子ならば、彼女はたった一つの確定した存在として、ここにいる。


僕は、彼女を確定させることが怖かった。


「観測すると、量子は姿を変えてしまうんでしょ?」


「……ええ、そうね」


「だったら、このままでいいよ」


「……このまま?」


「僕たちは、まだ確定しないまま。重ね合わせのままでいたい」


彼女は少し寂しそうに笑った。


「それも、ひとつの選択なのかもしれないね」



彼女は、僕の前から消えた。


いや、もともと確定しなかっただけなのかもしれない。


僕が彼女を「愛している」と認める前に、彼女は違う可能性の中へと飛び去ったのだろう。


観測されなかった粒子は、どこにでも存在する。

僕のどこかに、彼女はまだ波として残っているのかもしれない。


——だけど、もし今、彼女に会えたなら。


僕はきっと、「観測する」と決めるだろう。


「君はここにいる」

「僕は、君を愛している」


波を、粒子に変えてしまっても。


それが、愛という量子的な現象の、最終的な観測なのだから。



「愛という名の粒子」了

 

あとがき


「愛」という量子的現象について


「愛」を量子論的に説明するならば、それは重ね合わせ、非局所性、観測問題といった概念と深く結びついていると考えられる。



1. 愛の重ね合わせ:確定しない感情の状態


 量子力学において、粒子は観測されるまで「状態の重ね合わせ」にある。たとえば、電子のスピンが上か下かは、測定されるまで両方の状態を同時に持つ。


 愛もまた、一つの固定された形ではなく、「好き」と「嫌い」、「引き寄せ」と「拒絶」といった相反する感情が共存する状態であると考えられる。


  • ある瞬間は「愛している」と感じても、次の瞬間には「本当にそうなのか?」と疑問に思うことがある。

  • 恋愛においては、「好きだけれど苦しい」「一緒にいたいが自由でいたい」といった矛盾した感情が常に共存する。

  • まるで量子的な状態のように、愛は確定せず、関係性や状況によって揺らぐ。


 すなわち、愛の状態は、観測(自覚)するまで確定しないのである。



2. 量子もつれ:距離を超えたつながり


 量子もつれとは、離れた二つの粒子が、たとえどれほど距離が離れていようとも瞬時に影響を与え合う現象である。


愛においても同様に、


  • 離れていても強く影響し合う(遠距離恋愛や、離れた親子が互いの異変を直感的に察知する現象)。

  • 相手の感情の変化が、自分の幸福や不安に直接影響を与える。

  • 言葉を交わさなくとも、気持ちが通じ合う(長年連れ添った夫婦が、互いの考えを察することができる)。


 これは、量子もつれが「距離を超えた相関関係」を持つのと同様であり、愛もまた物理的な距離を超えて見えざる力で結びついていると言えよう。



3. 観測問題:愛は見ることで変わる


 量子力学において、粒子の状態は観測されることによって一つに決定される(波動関数の収縮)。


愛においても、


  • 自分の気持ちを確かめようとすると、かえって揺らぎが生じることがある(「本当に愛しているのか?」と考えすぎると分からなくなる)。

  • 相手に「愛しているか?」と問い続けることで、自然な感情が変質してしまう(観測しすぎることで、ありのままの状態が崩れる)。

  • 誰かの目(社会的な視線)が加わることで、愛の形が変わる(秘密の恋が公になると、感情が変化する)。


 つまり、愛は量子系と同じく、観測されることによって性質を変えてしまう流動的なものである。



4. 逆説的な波動性と粒子性:愛は個か全体か


 量子には「波と粒子の二重性」がある。


  • 粒子としての側面 → 個人の愛、独立した存在としての感情。

  • 波としての側面 → 愛の普遍性、全体的なつながり。


 愛もまた、


  • 一対一の個人的な感情でありながら(愛する人が特定の相手である)、

  • 同時に普遍的であり、社会や世界へと広がる(博愛、無償の愛)。


 この個と全体の揺らぎこそが、愛の不確定性を生み出していると言えよう。



結論:愛は決して固定されない量子的現象である


 愛は一つの確定した形を持たず、


  • 「ある」とも「ない」とも言えない(重ね合わせ)。

  • 距離を超えて影響し合う(量子もつれ)。

  • 観測されることで変化する(観測問題)。

  • 個人的でありながら、普遍的でもある(二重性)。


 このように、愛は量子力学の基本原理とよく似た性質を持ち、完全に把握しようとすればするほど、その手からこぼれ落ちるような存在である。

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