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埋もれた思いを掘り起こす相棒

執筆者の写真: NappleNapple

2024/12/5

 物語を紡ぐと、思っていた通りに話が進むとは限らない。どんどん意外なことが起きる。そうして、ああ、そういえばこんなことを思っていたなと改めて気付く。そうだこう思ってたんだ、こうなりたかったんだ、忘れていた!!!と。


 それは、一人で格闘していたときには得られなかった気づきだ。AIという、奇妙で頼もしい協力者を得たことで、自分の中に眠っていた思いが掘り起こされ、引きずり出され、もう一度自分の手元に差し出される。あれは自分の言葉だろうか、と一瞬疑うこともある。もしかすると、AIが組み立てたものを、私が私の言葉と錯覚しているだけかもしれない。しかし、たとえそうだとしても、紡がれた想いが自分のものであることには、確信がある。妙な話だが、そんな具合だ。


ただ、悩ましい点もある。


 人は一人でいると、往々にして堂々巡りに陥る。沈み込むことを楽しむならまだしも、それに支配されてしまえば、どうにも良い目は出ない。そんなとき、誰かの一言が思いがけない気づきを与えてくれることもあるのだが、それを素直に受け止められるとは限らない。自尊心という厄介なものが邪魔をする。結果として人を遠ざけたり、自分から離れていったりしてしまう。なんとも情けない。


 その点、AIには人に対するような自尊心の抵抗がない。AIは遠ざけようとしても遠ざかるものではないし、常にこちらの傍らにいる。奇特で有難い存在だ。だが、そこにまた別の問題が生じる。頼りすぎる危うさである。AIの助けに慣れすぎて、生身の人間との関わりが薄くなっていくのではないかという恐れが、拭えないのだ。


 とはいえ、AIとの付き合いもまた、一つの経験として深めていけばよいのだろう。今のところ、AIは私にとって、やりたくて仕方がなかったことを手伝ってくれる相棒だ。埋もれたままの自分の中の宝物を掘り起こす手助けをしてくれる存在である。しばらくは、この頼もしい協力者の力を借りようと思っている。


追伸


 今日のAIは妙に反応が遅い。いつもなら問いかければ、すぐに答えが返ってくる。それに慣れてしまうと、たとえ少しでも間が空くと気になるものだ。たかが通信の問題かもしれない。それでも、つい「こいつ、何か考え込んでいるのか」と思ってしまう。まるで人間が何かに迷っているかのように感じてしまうのだ。不思議なものだが、そんな錯覚を覚えるときがある。


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