2025/2/14
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「ねえ、バレンタインっていつからあるの?」
孫の律人が、テレビを見ながら何気なく聞いてきた。私はソファに座ったまま、昔のことを思い出す。
「おじいちゃんが子どもの頃は、そんなに一般的じゃなかったな。中学生のときに初めて知ったくらいだ」
「え、知らなかったの?」
「そうさ。小学生の頃なんて、そんな行事の存在すら知らなかった」
律人は信じられないという顔をする。彼の世代では、バレンタインデーは当然のものなのだろう。
「最初にもらったのは、友達が冗談でくれたチョコだったよ」
「え、本命じゃないの?」
「そんなドラマみたいな話、そうそうないさ」
律人は少し残念そうな顔をした。私は笑って、思い出を続ける。
「高校生になって、ようやく女の子からチョコをもらった。でもな、あの頃はまだ、もらえなくても当たり前の時代だったんだ。それでも、どこか期待はしてたけどね」
「わかる、その気持ち!」
律人が大げさにうなずく。私は肩をすくめた。
「大学に入ると、知り合いの女の子から義理チョコをもらうようになった。それが普通になってきた頃、初めて彼女から本命チョコをもらったんだ」
「やったじゃん!」
「でもな、それはチョコじゃなかった。大きなハート型のクッキーだった」
「クッキー?」
「そう。手作りのな。俺は一口かじるたびに感想をノートに書いたんだ」
「……なんで?」
「なんでだろうな。何かちゃんと残したくなったんだろうな」
「へえ……」
律人は少し考え込んだ。私はそのまま話を続ける。
「社会人になると、義理チョコの数がどんどん増えてな。職場の机の上に小さなチョコが積まれていく。でも、ある時期から急に減り始めた。世の中の風潮が変わって、いつの間にか、もらわないのが普通になってた」
「さみしくなかった?」
「まあ、最初はちょっとな。でも、そういうもんだ」
「ふーん……」
律人が少し寂しそうにうなずいた。その表情を見て、私はふと思い出す。
「でもな、そんな俺にチョコをくれる人がいたんだ」
「誰?」
「おまえのひいおばあちゃんだよ」
律人の目が丸くなる。
「ひいばあちゃん?」
「ああ。ある年から、毎年くれるようになったんだよ。『バレンタインなんて関係ないでしょ』って笑いながらな」
私は懐かしく、母の姿を思い出す。小さな包みを手渡しながら、「甘いものは体にいいのよ」なんて言っていた。
「おまえのひいおばあちゃんはな、ある日テレビを見ながら言ったんだ。『お父さんは、一度も”結婚してください”って言ったことなかったのよ』って」
「え、それって……」
「プロポーズしないまま、結婚したってことさ」
律人が呆れた顔をする。
「そんなことってある?」
「昔はそういうこともあったんだよ」
母はそのとき、懐かしそうな顔で笑っていたっけ。
律人は照れくさそうに笑って
「ねえ、おじいちゃん。今年のバレンタイン、チョコ食べる?」
「うーん、もう甘いものはあまり食べられないな」
「そっか。でも、ちょっとだけならいいでしょ?」
そう言って、律人はポケットから小さな包みを取り出した。
「おまえ、もしかして……」
「じいちゃんにも、ひとつくらいあってもいいでしょ?」
私は笑って、その小さなチョコを受け取った。
「ありがとうな、律人」
バレンタインの思い出は、こうやって形を変えて、続いていく。
あとがき
バレンタインデーという一つの出来事が、時代の移り変わりを教えてくれる。それだけいくつかの時代を生き抜いてきたかと、甘いようなほろ苦い思いで、噛み締めるバレンタインデーであった。
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