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すれ違いの温度 第1話

  • 執筆者の写真: Napple
    Napple
  • 5月6日
  • 読了時間: 3分

2025/5/6



「折り紙の迷路」


 彼がそれを「手紙」と呼んだのは、便宜的なことだった。実際には、ただの折り紙だったり、くり抜いた文庫本の中身だったり、あるいは廊下のタイルの裏にこっそり仕込んだ紙片だったりする。愛は形を持たないが、彼の想いはいつも何かに「化ける」必要があった。


 彼は、自分の不器用さをよく知っていた。言葉でまっすぐ気持ちを伝えようとすると、声が裏返る。表情が硬くなる。だからこそ、手間のかかる方法でしか、伝えられない気がしていた。


 彼女は、そんな彼の仕掛けた「宝探し」を静かに辿った。けれど、最後の手紙にたどり着いても、彼女は何も言わなかった。ただ、いつものように笑って、いつものように紅茶を淹れた。


 彼はその時、自分の中にあった火が、音もなくしぼむのを感じた。拍子抜け、という言葉では足りない。言葉にするには惜しい寂しさだった。


 年月が過ぎ、彼はひとりになった。ある日、図書館で「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」という映画の広告を見た瞬間、妙な既視感が胸を突いた。「めんどくさいやつだな」そう思った瞬間、かつての自分の顔がふと浮かんだ。


 そして気づく。「痛い奴」――まさに自分だ。だが、その「痛さ」は、自分にとってかけがえのない「すべて」だったのだ、とも。


 もう一つの気づきは、夜中にふとテレビで再放送されていたドラマからだった。焼き鳥屋に行くと思って気楽な服で来た彼女と、場違いな高級レストランに連れて行く男。嬉々として準備している男の横で、少しだけうつむく彼女。


 「そうだ、俺だ」彼はひとり呟いた。


 人を思うあまり、勝手に暴走し、準備し、勝手に期待する。そのくせ、相手の気持ちはろくに見ていない。けれど、今ならわかる。たとえそれがすれ違いでも、見当違いでも、不器用で未熟な愛だったとしても、それでも、あの時の自分には確かに――愛があったのだ。


 過去は変わらない。彼女も、もうそこにはいない。でも、彼はそのすべてを「良かった」と思っている。めんどくさくて、痛くて、笑えるような愛。だけど、それこそが自分の全部だったのだ。



すれ違いの温度 第1話「折り紙の迷路」(了)



あとがき


 かつてこんな手紙を書いた。まず本をくり抜いた箱を作った。そして、色々な色の折り紙に、思いついた気持ちを殴り書きして、クチャクシャに丸める。これを先の本に詰め込んだ。あるときは、こんな手紙を送ったことがある。すぐに気がつきそうなところへ手紙を置いた。そこには僕の気持ちが綴られ、次にどこどこを探すように書き加えてある。指示されたところには別の手紙が隠してあり、僕の思いと次の場所が書いてある。延々とそれが続くようにしたのだ。そんなことを思い出した。

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