top of page

雨の匂い

  • 執筆者の写真: Napple
    Napple
  • 5 時間前
  • 読了時間: 1分

2025/4/25



 幼い頃、一人で留守番をしていたときに、ふっと鼻をかすめた匂いがある。あれは雨の匂いだったに違いない。土のような、少しカビっぽいような、けれど清らかな気配も含んでいた。


 その匂いがしたかと思うと、部屋が急に暗くなり、やがて雨が降り出した。遠くで雷鳴が聞こえ、空気には、静電気が張りつめたような緊張が走っていた。


 雨の匂いは、降り始める前からすでに始まっている。降り出し、すべてが濡れていくにつれて、その匂いもまた変わっていく。それに気づいたのは、ずいぶんとあとになってからのことだった。


 降り始めた雨のなかでは、匂いよりも音や温度の方が際立ってくる。ザーザー、シトシト、ポタポタと、雨音は多彩で、周囲の音を呑み込みながら世界を別の場所に変えてゆく。


 そして、しばらくすると、窓辺や縁側が濡れ、チリやカビの湿った匂いが立ちのぼる。その匂いを誰かと分かち合った記憶はない。雨の匂いには、どこか孤独の匂いがある。

Comments


bottom of page