独自性
- Napple
- 3月13日
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2025/3/13

人はどうして独自性なんてものを欲しがるのだろう。私もまた、何かしらオリジナルなものを求めている。「君、変わってるね」と言われると、何とも言えず嬉しい。だから「誰かに似ているね」と言われると、少しがっかりする。絵を描くときも、物語を綴るときも、音を奏でるときも、どうしたって「自分らしさ」を意識してしまう。それは一体、どういうことなのだろう。
第一の考え
どれだけ工夫しても、結局のところ大して変わりはしないのかもしれない。人間が考えることなんて、大体似たり寄ったりだ。小さな違いがあったとしても、遠くから見れば大きな枠組みの中に収まってしまう。そんな中で、自分が確かにここにいるということを知りたくなる。だから、独自性なんてものを求めるのではないか。
第二の考え
人は同じものを見て、本当に同じように感じているのだろうか。これは第一の考えとは少し違う見方だ。つまり、人それぞれの感じ方が違うのなら、その違いをはっきりさせたいと思うのではないか、ということだ。たとえば、「赤いもの」を見たとき、私とあなたが同じ赤を見ている保証なんてどこにもない。だからこそ、「私はこう見えた」と言いたくなるのかもしれない。
第三の考え
量子の話になるが、私たちが見ている世界は、実のところ量子力学を単純化したものにすぎないらしい。マクロの世界では量子の揺らぎが平均化され、古典的な法則が成り立つという。しかし、その平均化されない部分、曖昧さや揺らぎを見つけ出そうとすることが、独自性を求める気持ちにつながるのではないか。
結び
何にせよ、こうしてあれこれ考えているのは楽しいことだ。時間はいくらあっても足りない。そして、こうして探ること自体が、「自分」を確かめたいという思いにつながり、絵や言葉や音になって表れていくのだろう。
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