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胡桃

執筆者の写真: NappleNapple

2024/12/19

出会い


「名犬ラッシー」を見たのは、まだ僕が幼かったころだった。小さな画面に映る犬と少年の絆に、心が震えた。いつか、僕も犬と暮らしてみたい。


 大人になってその夢は現実になった。動物愛護協会の片隅で出会ったその子は、少し怯えた目をしていた。茶白の柔らかい毛に包まれた小さな体。鼻先が少し湿っていて、ぴくぴく動く。その子を腕に抱えたとき、自然と「くるみ」という名前が浮かんだ。まるで小さな木の実を手の中で包むような感覚だった。


その日、くるみは僕の家族になった。


 

小さな日常の奇跡


 最初の数日は、くるみも僕たちも戸惑いの連続だった。あちらこちらに小さなうんちをしては、僕を困らせる。家具やお気に入りの本を噛み砕き、散らばった破片が日常の風景になる。それでも、彼女を見つめるたびに思った。「柔らかくて、暖かい。」まるで我が子のようだった。


 一緒に寝るのが日課になった。くるみは僕の隣で丸くなり、時折寝言のように鼻を鳴らすことがあった。そんな愛らしい姿に何度も胸を打たれた。けれどある日、僕が眠る手を突然噛んだときには、本気で驚いたものだ。


 毎日の散歩が、僕たちの絆を強めた。茂みの中に何かが動けば「こっちだよ!」とばかりに引っ張り、遠くの鳩を見つければ、尻尾をぴんと立てて教えてくれる。彼女は僕の世界を広げてくれる小さな案内人だった。


 

別れと始まり


 僕たちはふたりきりの生活を始めた。妻と別れ、くるみだけが僕のそばに残った。ベッドで眠り、コタツで寄り添う日々。僕が仕事に出かける間、きっとくるみはベッドの上で僕を待っていたのだろう。


 歳月は確実に流れていく。くるみの顔つきが少しずつ変わり、やがて夜中に起こされる日々が訪れた。最後の年には、オムツを履き、固いものを食べられなくなった。老いた彼女を見つめるたびに胸が締め付けられたが、それでも愛おしさは募るばかりだった。


 くるみは静かに息を引き取った。14時32分。家の中は、彼女のいない静けさに満たされていた。


 

今も変わらぬ君


 今でも時々、くるみの気配を感じることがある。散歩道の風の中、布団の柔らかさの中、ふとした瞬間に彼女がよみがえる。


「私のベッド、昼間は私1人のものだけど、夜はパパのもの。」

くるみを綴った詩篇を思い出すたびに、胸が温かくなる。


 彼女が残してくれたものは、柔らかさと温もり。くるみ、ありがとう。


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