2024/12/27
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喫茶店「1.9Lの魔法びん」の一角には、アンティークなファンや木樽、洋酒瓶、ツールケースが無造作に置かれ、懐かしさと静けさが漂う。僕は片隅でコーヒーを飲みながら、流れる音楽に耳を傾けていた。懐かしい音楽は、かつてその曲を聴いていた頃の情景や匂いまでも思い出させる。そこへ怪人案単多裸亜が現れ、「あんたんたらあ、おたのしみね」と声をかけてきた。
怪人案単多裸亜は音楽が流れる中、ふと語り始めた。「音楽は、日記みたいなものね。毎朝鶏が同じ時刻に鳴くように、音は同じ波を刻む。記憶は波打ち際の泡みたいに、ちょっと触れれば広がって消える。でも物語は違うね。物語は泥だんごだね。握れば握るほど形が変わる。どんどん変わるよ。」
僕はコーヒーを口にしながら、怪人の言葉に耳を傾ける。「じゃあ、物語は即興演奏のようなもの?」と僕が問うと、無口な男がわずかに首を傾げる。怪人は微笑み、「即興も、波が崩れては形を変える浜辺の砂みたいなものね。だから、物語はどこまでも転がって、何かを包み込みながら膨らむ。転がりすぎると割れるね。」無口な男は、静かに頷いた。音楽はまだ続いていた。
「うーん、よくわかんないよ。もう少し違う言い方して見てよ。」と僕がいうと。怪人は怒ったような顔で「分かる分からない、お前の勝手。」そう言うと今度はニヤッと笑って「しょうがない、こんなんはどうだ?」と語り出す。
「物語は石鹸の泡だよ。最初はただの液体さ。でも空気を含んで泡になる。光が反射して虹色に光る。けれど、はしゃぎすぎれば弾けて消える。日記は石鹸水だね。透明で、静かにそこにある。でも、時にはゆっくりと蒸発してしまうこともあるし、気づかぬうちに手が滑ってこぼれることもある。物語は泡が形を変えながら広がるけれど、日記はその泡を支える器のようなものね。」
僕は笑って、「それなら、物語は泡立て器みたいなものかもね。」と返した。無口な男はまた静かに頷いた。そして、怪人案単多裸亜は満足げに笑った。
「確かにね。日記は出来事や感じた事を忠実に描こうとするから自分にとって意外性はないけれど、物語は走り始めると自分の手から離れて意外な展開を見せるなって感じていたんだ。日記は内省の場で、物語は発見の場って感じさ。」と僕。「でもね、それは書いてる当事者にとってそうだと言うことで、当事者が読む場合と第三者が読む場合では全く違うよね。」
僕はコーヒーを一口飲んでまた話はじめた。「第三者にとっては、聞き覚えのある音楽が聞こえると、その曲を聴いた時の気持ちや、情景が浮かび上がってくるだろ。物語も同じさ。誰かが語ったことに妙に共感を覚えることがあるだろ、心境に合うっていうか、同調するの。すると今まで感じていて言い表せなかったことが、言い表されたようですごく嬉しくなるんだ。そしてそれを思った時のことまで思い出す。」
「なんだか、音楽も物語も、心の扉を開ける鍵みたい。」とぼくが呟くと、無口な男は静かに頷いた。そして、怪人案単多裸亜は嬉しそうに笑った。
あとがき
物語を紡いで感じたことをちょっと描いて見た。物語って何だろう。どうして物語があるんだろう。どうして物語を読みたくなるんだろう。と。まだまだ話は続きそうだ。
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