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執筆者の写真: NappleNapple

2024/12/29

序章:水滴のように


 静かな喫茶店「1.9Lの魔法びん」。柱時計の針が控えめに時を刻み、ドライフラワーの色褪せた花びらが空気に溶けていた。カウンター席に座る蒼真は、マスターが注ぐコーヒーをぼんやりと見つめていた。蒼真は、今日この場所に来る前に泣いていた。「涙ってさ……なんだろうな」ふと漏れた言葉に、マスターはカップを置きながら答えた。「泣いたのか?」蒼真は小さく頷く。「泣かないって思ってた。でも、ダメだった。止まらなかった」カップから立ち上る湯気は揺れて消えた。


 

第一章:涙の意味


 蒼真は三日前、幼馴染の凪紗を失った。急な事故だった。悲しいはずなのに、葬儀では涙ひとつこぼれなかった。しかし、凪紗が好きだった曲がふと耳に入った瞬間、涙が頬を伝った。「泣くタイミングも、理由も分からない」蒼真の言葉に、店内の奥で読書をしていた律人が顔を上げた。「それ、俺も気になったことがある」律人は静かに本を閉じた。「涙にはさ、成分が違うらしい。生理的な涙と、感情的な涙と」「成分?」「ああ。感情的な涙にはストレス物質が含まれていて、体内の負担を和らげるために流れるんだとか。だから、人は泣くことで救われるのかもしれない」「救われる……?」律人の言葉を聞きながら、蒼真は違和感を覚えた。自分の涙は救いだったのだろうか?


 

第二章:涙を拒む者


 そこへ、無口な男が店に入ってきた。彼は無言のまま窓際の席に座り、黙々と煙草を吸った。「アイツ、泣かない人間だよな」律人が小声で呟いた。「泣かない?」「ああ。親が亡くなった時も、どんなに怒られても、一滴も流さない。でもなぜか人を泣かせることが多い。不思議だろ?」蒼真はその男を見つめた。涙を拒む者が、他人の涙を引き出す――それは何を意味するのだろう。


 

第三章:涙の在処


 その夜、蒼真は夢を見た。暗闇の中、湖のような涙の海が広がっていた。そこで彼は凪紗と再会する。「蒼真、私が泣かなかった時のこと覚えてる?」「……覚えてる。お前、強がってたよな」凪紗は微笑んだ。「泣けなかったの。でも、それが悲しいって気づいたのは後からだった。だから、泣くことを怖がらないで」夢から覚めた蒼真は、涙が枕を濡らしているのを感じた。


 

第四章:涙を流す理由


 翌日、蒼真は再び喫茶店を訪れた。無口な男がまだ窓際に座っていた。蒼真は恐る恐る彼に声をかける。「泣けないって、どうしてですか?」男は煙草をくゆらせながら答えた。「心の奥が空っぽになる気がするんだ」「でも、泣く奴を見ると安心する。俺が感じられない何かを、そいつは持ってるんだって思えるから」蒼真は涙が持つ「知らせる力」について考えた。涙は自分だけでなく、他者にまで影響を与えるものだった。


 

終章:涙の答え


 蒼真は凪紗の墓前で立ち止まり、そっと呟いた。「涙って不思議だよな。嬉しくても悲しくても流れるなんて、まるで心が溢れる合図みたいだ」涙は、人の心の異常を知らせるサインでありながら、その異常を癒す力も持つ。蒼真は墓前に花を供えた後、「1.9Lの魔法びん」へと向かった。そこで彼は、律人やマスター、そして無口な男とまた言葉を交わすだろう。涙は、心の在処を教えるものかもしれない。 



「涙」完

 

終わりに


 どうして、悲しくても嬉しくても怒っても涙が溢れるのだろう。一体涙とはなんなのだろう。と考えた。


 涙は悲しい時こそ相応しい。と思うのだが、よくよく振り返るに、悲しい時、じわりとくるくせに、堪えてしまう。親しい者が亡くなった時も、あの時も、この時も、涙を流さなかった。それは悲しみを堪えるためだったかもしれない。


 ところが、嬉しくてどうしようもない時に溢れる涙は堪えることができなかった。感情の昂りは嬉しい時ほど制御できないのかもしない。嬉しさに耐える必要はないし、むしろ喜びを解放したいからだろうか。そして不思議なことに、怒りに駆られた時も涙が溢れ制御できない。


 目に遺物が入った時も、あくびをした時も涙が出る。それは感情とは関わりない。純然とした生理的な反応なのだろう。その時に流す涙と、感情の昂りで溢れる涙とは、同じ成分なのだろうか。同じように水が体外に放出されるけれど中身は違うのだろうか。


 涙はそれを見た第三者にも影響を及ぼす。誰もが泣かれると困ってしまう。女性に泣かれることほど男をたじろがせることもなかろう。子供の涙も同じだ。大の男の涙は良いイメージはないが、いずれにしても人が涙を流す、ということはよくせきないことが起きた、ということだと第三者に知らしめる。


 涙とは、何か尋常ではないことが起こっているサインなのだ。人はそのことを本能的に知っている。だから教えられたわけでもないのに、人は己に起きた異常をサインとして表し、そのサインを受け取った人はたじろぐ。目から水が溢れるというなんとも些細な現象に、なんと大層な責任を負わせたことだろう。


そんなおもいから書き上げた物語


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