2024/12/22
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古びた喫茶店「1.9Lの魔法びん」
三角屋根に鎧戸のアーチ窓、白熱電球が柔らかな光を落とす店内は、時の流れがゆるやかに溶け込んでいるようだった。壁にかけられた柱時計がカチリ、カチリと針を進めるたび、外の世界とは違う時間がここに流れていることを思い出させる。
「夢を見てるみたいだろ?」カウンターに腰掛けた男が言った。陽翔だった。珈琲の湯気を眺めながら微笑むその姿は、夢と現実の境目を漂うようだった。「夢が現実になったら、それはもう夢じゃないのかしら。」彩音が窓際の席からぽつりとつぶやく。彼女の瞳には、遠くの景色が映っているように見えた。「夢は実現した瞬間に現実になる。でもさ、それが終わりじゃなくて、始まりなんだよ。」陽翔はカップをくるりと回した。彩音は頬杖をつきながら、彼の言葉を反芻する。「始まり……。」
店の奥から柱時計がボーンと鳴った。
夜の足音
その夜、彩音はベッドの中で目を閉じた。しかし、眠りはすぐには訪れなかった。窓の外には月が淡く光り、影を落としている。眠れない夜は、心に溜まった言葉たちがざわめく。夢を叶えたはずの人たちは、どうしてまた別の夢を追うのだろう? 叶えた瞬間に、失われるものがあるのだろうか。彩音は目を閉じたまま息を止める。頭の奥で声がする。「夢なんて所詮、逃避に過ぎないんじゃないの?」「逃げてるんじゃない。ただ、見ていたいだけ……。」自分自身と会話するように、心の中で呟いた。しかし、その声は次第に不安と焦燥に飲み込まれた。「逃げてる。私は逃げてるんだ。」
彩音は目を開けた。真っ暗な天井がぼんやりと浮かび上がる。
目を開けること
翌朝、彩音は「1.9Lの魔法びん」へ向かった。夜の恐怖から逃れるように、いつもより早く店に着いた。マスターがカウンターで静かにコーヒー豆を挽いている。「昨日の夜は眠れなかった?」マスターの問いかけに、彩音は驚いたように顔を上げた。「どうしてわかるんですか?」「ここに来る人はね、みんなそういう顔をしてるんだよ。」彩音はふっと笑った。カウンターに座ると、マスターが一杯のコーヒーを差し出した。「この店はね、夢と現実の境界線にある場所さ。夢を見るために訪れる人もいれば、夢を叶えたあとに戻ってくる人もいる。」彩音はカップを両手で包んだ。「夢を叶えるって、怖くないですか?」マスターは少し間を置いて答えた。
「怖いよ。でも、目を開けるのが怖いからといって、ずっと目を閉じていられるわけじゃない。目を開けることが、時には新しい夢への始まりになるんだ。」
未来への足音
彩音はその言葉を反芻しながらカップを口に運んだ。夢は現実になると消える。でも、現実になった夢は新しい夢を生み出す土台になる。彩音はカウンターの向こうに並んだ魔法瓶たちを見つめた。「1.9Lの魔法びん」は、そんな夢と現実が交差する場所だった。
柱時計が再び鳴った。
彩音はその音に耳を傾け、心の中で何かが変わるのを感じた。
「夢」終
あとがき
夢についてちょっと考えてみた。そんな時1.9lの魔法びんが役に立った。
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