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1.9lの魔法びん 第一部

執筆者の写真: NappleNapple

更新日:2024年12月1日

2024/11/25


常識を覆す


登場人物


マスター 喫茶店「1.9lの魔法びん」のマスター

陽(はる) 1.9lの魔法びんの常連客

蒼(あおい) 1.9lの魔法びんの常連客で陽の友人 

ワーランブール 1.9lの魔法びんの居候でアボリジニー

無口な男 1.9lの魔法びんの常連客

プロローグ:理由のない自信


 陽(はる)は、何にでも興味を持つ少年だった。「どうして空は青いの?」「どうして鳥は空を飛べるの?」そんな質問をいつも周囲に投げかけては、返ってくる答えに満足せず、自分なりに納得するまで考えた。


「陽って、自信家だよね」と皆は口々に言った。しかし、陽にとってそれは「自信」ではなく、「できる気がする」という素直な感覚にすぎなかった。彼がいつも手にしていたのは、小さなノート。そこには、毎日「今日できたこと」「今日失敗したこと」がびっしりと書き込まれていた。陽にとって失敗は恥ずかしいものではなく、次の挑戦のための材料だった。


 ある日の夕暮れ時、家の近くで出会った見知らぬ老人が言った言葉が、陽の心に残った。「自信に理由なんていらないさ。未来を信じる者が、最終的に勝つんだよ。」その日以来、陽はノートに「僕は何にでもなれる」と書き続けた。


 

大学時代:熱中と挫折


 大学に進学した陽は、山登りにのめり込むようになる。何かに熱中すると、全身全霊で取り組んでしまうのが陽の癖だった。山登りの魅力に取りつかれた彼は、次第に授業よりも山を優先するようになり、ついには欠席を重ねた。


「そんなことで、どうして卒業できるんだよ?」蒼(あおい)が呆れ顔で言った。蒼とは大学時代の友人で、何でも真面目にやるタイプだった。蒼にとって陽は心配の種であり、同時にどこか羨ましい存在だった。だが、陽は蒼の心配を軽く受け流し、山へと向かった。


 結局、陽は人の倍かかってようやく卒業することになった。それでも、心の中ではどこかで山に登っている自分が誇らしく、実はそれが一番大切なことだと信じていた。


 

就職と恋愛:夢のような日々


 8年も大学に通った彼だったが、憧れだった技術職への就職を果たした。彼は真面目に働き、良き技術者として評価された。若い頃の無邪気さが、職場では真面目で努力家だと認められることに変わった。一方学生時代に出会った彼女と秋には結婚を控え、未来に向けて希望が膨らんでいた。


だが、突然の別れが訪れる。


「突然こんな形でごめんなさい。私は、あなたとこれ以上一緒にいる自信がないの。」陽のもとに一通の手紙が届いた。陽には理由がわからなかった。自分に何が足りなかったのかを何度も考えたが、答えは見つからない。彼女に電話をしても、返事はなかった。理由がわからぬまま、深い悲しみが押し寄せる。その反動で彼は仕事に精一杯打ち込んだ。心の中に虚無を広げながら。


 

昇進と不安:仕事の重圧


 仕事に没頭する日々が続いた。陽の一生懸命さが認められ、徐々に昇進していった。会社からの信頼も厚くなり、海外に出張することも多くなった。しかし、その一方で、次第に彼の心は不安に支配されるようになる。


 ある日、上司から強く叱責された。陽はそのとき、自分が何を間違えたのか理解できなかった。ただ、胸の中で何かが崩れ始めているのを感じた。自信を失い、立ち直るのが困難なほど、心は揺らぎ、仕事を失うことを恐怖した。


 その頃から、陽は突然体調を崩し始める。何かしらの病気が体を蝕んでいるのか、仕事に集中することができなくなった。それでも、責任感から仕事を続けていたが、次第にそれも難しくなっていった。


 

挫折と希望の場所:1.9Lの魔法びん


 そんな陽が足を運んだのは、喫茶店「1.9Lの魔法びん」だった。どこかほっとする空間が広がっていた。そこでは、無口なマスターがいつも静かにコーヒーを淹れていた。「いらっしゃい」マスターが、温かいコーヒーを手渡してくれた。言葉は少ないけれど、温もりを感じた。


 突然「もう少し楽に生きなよ。」マスターがふと漏らした一言に、陽は驚いた。いつもほとんど何も話さないマスターが、どうして自分の心の中まで見透かすのだろう。だが、その一言が陽にとっては灯となった。


 陽はなんとなく「1.9Lの魔法びん」の常連客たちの話を聞いている。何気ない会話が陽の心を癒やしていくようだった。特に、無口な男や、ワーランブールさんとの会話は、どこか不思議な安心感を与えてくれた。


 

窮地に追い込まれて:常識を覆す瞬間


 陽は、ついに仕事を失うという最悪の状況に追い込まれた。仕事を失ったこと、健康を取り戻すことの不安、そして将来に対する焦りが重なり、自暴自棄になっていた。もうこれ以上沈みそうもないどん底にいるのだ。


 そんなある日、カウンター越しに客が話している言葉が聞こえてきた。「ちょっと自分のことを横に置いてご覧、すごいことができるから。それがこの世の中のからくりなんです。何のために生まれてきたと思いますか。この世は言って見れば実験所なんです。あなたが試そうと思ってることをやるとこなんでしょうね。でもねそれは楽じゃないんです。自分のために自分を使っている間はいつまでたっても実験にならないんです。ちょっと自分のことを横に置いたとたんに門が開くんですよ。」


 

目覚め:真実の世界序章


 不安だった日々に光がさしてきた。どん底まで沈めば、底を蹴って浮き上がれる。ある日マスターに「ねえねえ。たいへんだ。この前、隣の人が言ってたことをやってみたんだ。そしたらさ、なんだかそれらしいことが起こったんだよ。ほら「ちょっと自分のことを置いてご覧なさい」って言ってたでしょ。そしたら誰かがね「余裕があればね」って言ったんだ、そしたら「余裕がないときこそ思い切って置いて見るんですよ。それこそ言ってみりゃあと先考えずにね」って言ったんだ。それでさ、やってみたんだ、そしたら起こったんだよ不思議なことが次から次と。顔を紅潮させた陽の体内には、得体の知れない希望と、理由のない自信が湧いてくるのだった。


第一部「常識を覆す」完


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