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異世界の入り口で

  • 執筆者の写真: napple
    napple
  • 5月24日
  • 読了時間: 3分

2025/5/24



「銀乃月窯 小品展」を訪ねた。会場は、喫茶深鹿(しんろく)。初めて訪れる店だったけれど、入り口にぐいと張り出した一本のジャカランダの木に、すっかり心を奪われた。どっしりと太い幹。そこからこぼれるように広がるシダのような葉。店先にありながら、あれはもう異世界の門のようだった。


 重たく、頼もしい手ごたえのあるドアを押して中に入ると、まるで鹿の精のような店主が、穏やかに迎えてくれる。店内は左手にカウンターとテーブル席、右手が展示スペースになっていた。落ち着いた照明。音楽が控えめに流れている。やっぱり異世界に迷い込んだような、時間のゆるみを感じる空間だ。


 久しぶりの銀乃月窯さんの作陶展。最初に目に飛び込んできたのは、バンザイをしているような鶴首の花器。何かしら手を挙げて歓迎してくれているようで、思わずこちらも笑ってしまう。曲玉のようにしなやかな花器。金属かと見まごうほどに緊張感のある造形の器。梅の花をあしらった絵皿。そして、ひとつひとつが違う表情を見せるカップやぐい呑み。どれもが硲さんらしく、控えめな遊び心と、柔らかい剛さを備えている。あれもいい、これもいいと迷いながら、バンザイ鶴首と絵皿をいただくことにした。



 銀乃月窯の御夫妻にお目にかかるのも久しぶりだった。以前と変わらぬお元気そうな様子に、ほっとする。お店のこと、作品のこと、あれこれ伺いながら、「チャイ」と「クラフトコーラ」をお願いする。どちらも、これまで飲んだことのないものだった。


 チャイは「Royal Masala Chai」。シナモン、カルダモン、生姜、クローブ、ブラックペッパー……スパイスの香りが立ち上がる紅茶をミルクで煮出したもの。茶葉のときは鮮やかだった香りが、湯気の向こうでやさしく丸くなる。カップを持ったときに感じた、思いのほかの重さが印象に残った。手に伝わるその重みが、熱いチャイの熱とともに、ゆっくりと体の奥へと沁みてゆく。


 クラフトコーラは、岐阜の伊吹山麓で作られたという。炭酸だけでなく、ホットでも、ミルクでも味わえるらしい。今日は王道の炭酸でいただいた。一口。ああ、コーラだ。ちゃんとコーラなのに、何かがちがう。思わず、うまいなあ、と頷いていた。


 カウンターのご店主は、注文をこなしながらも、常連さんたちと軽やかに会話を交わしている。声のやりとりが、この店全体の空気をまあるくしているようだ。静かながら、ぬくもりのある空間。気がつけば、こんなふうに喫茶店で誰かと話しながらお茶をするのは、ずいぶんと久しぶりだった。器と、音楽と、香りと、声と。あのジャカランダの木の下をくぐったときから、ほんの少しだけ、世界の時間がずれていた気がする。そんな一日の記憶。



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